熊本への想い

先週、息子は11才の誕生日を迎えた。毎日見ていてる私でも「大きくなったなあ」と思う。私と目の高さが変わらなくなってきたような気がする。

7才まで熊本で育った息子。アメリカに引っ越してきた当初は「く、くまもとに、にっ、か、かえりたいいよぉお〜おおえしょうがっこうがよかったよぉ〜びぃい〜〜」とよく泣いていた。あれからもうすぐ4年。息子は熊本弁を話すことは全くなくなり、代わりに英語は家族の誰よりも上手に話すようになった。そして息子は熊本にいたころの友達の名前もほとんど覚えていない。すっかりこちらの生活になじんで楽しくやっているように見える息子。でも、いまだに彼の望みは「熊本で住んでいたマンションを買い戻すこと」(笑)。

そういえば、空っぽになったマンションを最後に出た時、息子と二人で泣いたなあ。

息子と二人で、毎日必死で、暮らしていた熊本の町。当時はそんなつもりはなかったが今振り返れば、まじで毎日てんぱってたけど(苦笑)、私の人生において一番“濃ゆい”時間を暮らした熊本の思い出はつきない。例えば、熊本城、阿蘇、白川水源、立田山公園、職場でもあった熊大(の桜)、住んでいたマンションの窓から見えた風景。これからの場所で撮った写真は(初めての子供ということもあり。笑)山のようにある。写真を眺めていて思うのは、熊本ってほんとにいいところだったなあ、っていうこと。

まだしばらく時間がかかることとは思うが、いつか元の姿を取り戻した熊本に息子と二人で遊びに行きたい。そして息子が小さかった頃を知ってくれている(←交流関係が狭かったんで、多くはないが・・・f^^;)懐かしい人たちと会い、一緒に熊本のおいしいものを食べておしゃべりがしたい。そして息子と一緒に懐かしい場所を訪れたい。

親も親戚もいないし、多分もう2度と住むこともないけれど、今の私とそして息子にとって熊本はとても特別な場所です。私たちがご縁をいただいた熊本の方々は無論のこと、今回の震災によって影響を受けた全ての方たちが、無事に今の難局を乗り切っていかれますように、心から願っています。