「自分の名前」を署名してぞくぞくした、ちょっとしたできごと
の昔修士号を取得したオハイオ大学時代の成績表兼卒業証明書を入手することが必要となった。いまどきこういうのはオンラインでできるんだけど、博士号を取得したテキサス大学と比較すると、若干時代遅れの感のあるオハイオ大学のシステム。在学当時と名前が違う場合は、オンラインだけでは全てを済ませることができない。フォーマットをプリントアウトして、在籍当時の名前で署名をしたものを郵送しないといけない。面倒だなあ、と思いながら、プリントアウト、そしてサイン。そして・・・うわ、Izumi Funayamaって、英語で署名するのって、本当に久しぶり。
船山和泉という名前でもって大学/研究関係でそしてコーチとして署名することは時々あるけど日常生活の中ではない。Izumi Funayamaも同様で、Professor FunayamaとかDr.Funayama と呼ばれることはあるし、こちらの大学で学生に推薦状を頼まれたような時とかクラスの履修許可の書類とかにこの名前で署名することはあるけど、日常生活の中ではない。大学の中にしても、昨年度教えていた大学のメールアドレスのような「コンピューターシステム」の中の名前はソーシャルセキュリティの名前と連動しているものを与えられるのでFunayamaは不可だった。署名そのものが日本の「はんこ」に相当するから、法律上存在しないこの名前でももって署名することは、「船山和泉」よりももっともっとないことだと思う。。
だからIzumi Funayamaと英語でサインするのは、上記のような限られたケースを除くと、実はすごくすごく久しぶりなのだ。ということにも、実は最初全く気がついていなくて、サインしているほんの一瞬の間の、そのペンが走る感触に、そしてそこに現れた筆記体のFunayamaの文字に、うおおおお、と思った。
なんかすごくぞくぞくした。これだよ、これ、これだよ!って体の中がうずいた。
私は幸せな結婚生活を送っているし、夫の姓をまるで当たり前のように選んだことについても、(若干?不満だったが)「まあ、しかたない」と思っていたし思っている。色々思う事はあったし今もある。が、そう、私はそこまでの根性がないし何よりも面倒くさがりなのである(まあ、結婚当時は夫と一緒に住んでいなかったので「事実婚」というものなかなか成立しなかったし。笑)。息子の名前も夫の姓に合うように考えたし、この先、息子の姓が「船山」になることもないだろうし、私の法律名が再び「船山」になることも、多分(笑)ないだろう。
名前なんてどうでもいいという人は多い。それも分かる。
だけど「名は体を表す」とも言うではないか。
そういえば昔の友達が『結婚して名前が旦那さんの名前に変わるのが夢だった」と言っていたし、実際彼女は、結婚後旦那さんの名前を名乗ることがとっても嬉しい&誇らしいようだ。そういう人がいるのも、分かる。
ただ私は、「船山和泉」という名前を愛していたし今も愛している。それでも、10年経ってよ〜やく別の姓でもって暮らすことにもまあ、慣れたかなあ、と思っていた今日この頃、Izumi Funayamaと署名してこんなにぞくぞくする自分がいたとは、オドロキである。

