生きているということ—谷川俊太郎
昨日は息子が通っている「日本人補習校」で「六年生を送る会」がありました。
1〜5年生から6年生に捧げる発表と挨拶があって、そのあと6年生からの発表と挨拶がありました。
昨年もそうだったのですが、6年生の発表の一部はこの谷川俊太郎の詩を皆で暗唱することでした。(6年生の教科書に出ているのでしょうか???)そして、それだけでなく、詩の暗唱の途中途中で、一人一人が自分自身にとっての「生きているということ」を挿入してオリジナルの文言を言い換える形で、述べるたのです。
例えば(例えば、です)
「生きているということーそれは友達と語り合うということ」
「生きているということーそれは金曜の夜に宿題をすること」
(補習校は土曜日にあるので、それまでにその週の宿題を済ませておかないと、金曜の夜は花金とはなりません・・・あ、おとといのうちの息子・・・^^;;)
などと言うように。
6年生と言えば、11歳か12歳でしょうか。
その彼らがそれぞれ自分自身にとっての「生きているということ」を考えて発表する、ある意味人前で宣言する、その姿を見ることは、学校の発表とは言え、心に訴えるものがありました。
私なら、
「生きているということーそれは、家族とおいしいものを笑顔で一緒に食べること」
なんてのが最初に出てくるかもしれません(笑)。
ちょっと抽象的にきどるなら、
「生きているということーそれは、どんな時にもダンスし続けること」
かな。
あなたの「生きていること」は、何でしょうか?
谷川俊太郎のこの詩の中のどこかに、あなたの「生きていることーそれは〜〜」を挿入してみてください。どこかの文言と言い換えてみてもいいと思います。
そして、「それは〜〜(すること)」と、言ってみてください。
あなたは、何と言いたいですか?
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生きているということ—谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまがすぎてゆくこと
生きているということ
いま生きてるということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

