2014年にプロ・コーチの資格を取得してからプロ・コーチとしての活動を始め、様々な方たちとコーチング・パートナーシップを結ばせていただきました。コーチングという言葉が市民権を得て来た昨今、世の中には星の数ほどのたくさんのコーチがいます。その中で、その理由が何であれ、私を選んで連絡をくださり私のコーチングと受けようと決めて実行してくださった方々に、感謝の気持ちは無論のこととして、大いなるご縁を感じています。偶然なのか必然なのかは分かりませんが、いただいたご縁に感謝する気持ちを忘れずに誠実にクライアントさんに向き合うことを大切にしたいと考えています。
コーチングを始めたきっかけ
私がコーチングに興味と持ち、ワークショップを受講し、最終的にはプロ・コーチの資格を取得するようになった元々のきっかけは、「ぶっちゃけ、人生、ドツボにハマってたから」だと思います。とは言え、家庭が崩壊していたとか仕事がなくなって明日からの生活に窮していたということでありません。むしろ、傍目から見れば、かなり恵まれた状況にいたと思います。でも、私は、ドツボっていた(と思っていた)し、足掻いていたのです。
「コーチング」に出会った時、私は九州の国立大学で准教授をしていました。26歳のときに当時勤めていた会社を辞めてアメリカに留学し、この職を得るまでの約10年間、そしてこの職を得てからのさらなる約10年間、私は「自分のキャリア」のためにずっと必死でがんばっていました。
九州の大学に職を得たあと間もなく結婚し子供も生みましたが、夫の職場が遠方だったため、出産休暇と育児休暇の期間を除くと、妊娠中も含めて大学に在職の間はほとんどの期間、夫と離れて暮らし子育ても一人でしていました。その間、まだ小さい子供のこと、がんに罹患して次々に亡くなった遠方に住んでいた両親のこと、職場の問題でストレスを抱え込んでいた単身赴任の夫のこと、そして年々忙しさと責任を増す仕事のこと・・・今思えば、心身ともに限界を感じながらも(実際、大腸ポリープなんぞができて手術をするハメになったのですが!)、私は全てを一人で背負い込み、誰にも頼ることはできないのだ、という気持ちでもって自分を支え、がんばりつづけました。そしてその間、私は仕事を長期間休んだり辞めたりすることは一度たりとも考えませんでした。教育者としてまた研究者としての大学准教授の職は、「私」そのものでした。
その職を辞めてアメリカで暮らすことになったいきさつの詳細はここには書ききれないのですが、ひとつ言えるのは、私は「辞めたい」と思って辞めたわけではなく、当時の職場に問題があったということでもなく、「(非常に辞めたくないが諸々を慮ると)辞めるしかない」と考えた上での決断だった(と少なくとも当時は思っていた)ということです。そしてその決断をしたのは誰でもない私自身だったのですが、その際はとても大きな葛藤がありました。さらに自分で決断をしたにも関わらず、職を離れる前後の長い期間、大きな喪失感や自尊心の低下や将来に対する不安感、そして夫や息子に対して自分だけが犠牲になっているかのような感情を払拭することができませんでした。そして同時に、死にゆく母を十分に看護してあげられなかったことや、母の死後、父がアルコールに依存するようになり結果的に自宅で孤独死することになっことに対する自責の念、また、父母を続けて亡くした埋めようのない悲しさや孤独感も、ずっと引きずっていました。私が「コーチング」に出会ったのは、そんな時だったのです。
コーチングのクライアントとして得たもの
「コーチング」を学んでいく過程では、「コーチ」としてだけでなく「クライアント」として多くを学びます。最初のころは「コーチ」としてよりはむしろ「クライアント」として、私は私が知らなかった「私」に多く出会いました。あるいは、なんとなく感じてはいたけどはっきりとは言葉にしたことがなかった「私」の姿が鮮明に浮かび上がってくるような体験をしました。
例えば、私は仕事を辞める決断に至る過程でいろんなものを「手放す」感覚を味わったのですが、最後の最後に捨てきれなかったものとして残っていたのが「やりがい」でも「安定した収入」でもなく、「准教授」という「肩書き」であったことに我ながらショックを受けました。一方で、退職後はそれまでの努力や実績が全て無駄になってしまったような喪失感を抱いていたのですが、「肩書き」がなくなっても自分がこれまでやってきたことが消えてなくなったわけではなく、それは自分の実力や経験として残っている自分の一部なのだ、ということも、コーチングを通して認識できるようになりました。
コーチとして得たもの
「コーチ」としての経験を積み学んでゆく過程でも、コーチングの技術や知識だけでなくやはり自分のことをより理解するようになりました。
例えば、私はとてもエネルギーの高い人間で、それゆえに(良くも悪くも)他人に強いインパクトを与え得るということです。そして私はそのような自分の特質をはっきりと認識していなかっただけでなく、(はっきりとは認識していなくても)人生のとても長い時間、それを押し殺そうとしていたことが明らかになってきました。ただ、私が押し殺そうとしてきたにも関わらず、多くの人が(私から漏れ出る)私のエネルギーを感じていたのだということも分かりました。
コーチングを通して変わったこと
コーチングに関わる前、色んな人からずっと「がんばりすぎよ」と言われ続けていました。でも、実際に自分ではがんばり「過ぎている」とは思っていませんでしたし、逆に「私ががんばらなくて、どうするの?誰か代わりにがんばってくれるの?」くらいに思っていました。それが・・・ようやく「腑に落ちる」ようになったのです。「ああ、自分は、ずっと、がんばり<過ぎ>ていたんだな〜」と。がんばり<過ぎる>のは、私の根がまじめな性格や向上心の表れであったとも言えます。一方で、どこまで行っても、「理想の自分」は、いつも遠い。不幸なわけじゃない。 むしろ幸福で、ちゃんと人生を楽しむこともしている。基本的にネアカ。でも、いつもどこか、苦しい。どれだけがんばり続けても、むしろ頑張り続けているからこそ、自分に対する要求がますます高くなって、「理想の自分」がますます遠のいていく。それが私でした。
コーチングと関わるうちに、ある時からだんだんと、私は自分が変化してきていることに気がつくようになりました。色々なことについて「“思うように”できなくても大丈夫。それもあり」と思えるようになりました。それは「思うようにできない自分」もまた唯一無二の自分であると認めることができるようになったからだと思います。以前は「思うようにできない」“今の自分”を否定していたので、今も苦しいし、そこから「できるようになる」“未来の自分”までの道のりが、そのことを考えるだけでも、苦しかった。でも、コーチングを通して「思うようにできない」今の自分も自分だし、それこそ「できないのに(笑)頑張ってるじゃん。自分、エラい!」と認めることができるようになったし、果てには「(“いま”“思うように”できなくてもいいんじゃいの?」くらいに思えるようになりました。
“今の自分”を受け入れられるようになると、“今の自分”(の状態)に対してのストレスが減り、そこから“なりたい(未来の)自分”までの道のりを考えることが以前よりも楽しめるようになったのです。結果、「できるようになる」までの確実性とスピードが増す、ということに気がつくようになりました。
そんなある日、ふとしたきっかけで、まるでヘドロのように身体の中にたまっていた両親のことに対する自責の念が、なくなっていくことを感じました。今は、透明な悲しみの湖だけが身体の中に残っているような、そんな風に感じています。
そんなこんなを自分で実際に体験して、これは、コーチングって、すごいかもしれない。よし、腰を据えてプロとしてやってみよう、そう思ってプロ・コーチの資格を取りました。最初は友達や知り合いに直接声をかけて始めました。振り返れば、そんな「セールス」ができるようになっていた自分にも今更ながら驚きますが、それもやはり色々な意味でのコーチングの力だったと思います。ちょっとづつではありましたが、HPを通じて全く縁もゆかりもない人からお問合せをいただくようになりました。
コーチングを通して、歩み続ける
(時々転ぶが立ち上がる)
私は現在アメリカのニューヨーク州に住んでいますが、ここに家族揃って引っ越してきてもうすぐ十数年になります。大学の教員そして研究者としてのキャリアがまさにピークに差し掛かろうとしていたその時に、いわゆる「家庭の事情」ってやつで、まさかの家族揃っての海外移住。一生の仕事だと信じて疑わなかった仕事を辞める決意をした時は、「自分の(キャリア)人生はもう終わった」と、本当に思っていました。散々悩んだ末に自分で出した結論ではありましたが、過去十数年間特に最初の数年間は、「こういうはずじゃなかったんだけど」「まさかこんなことになるとは」・・・こんな言葉を心の中でつぶやいたり実際に口に出してみたことが幾度となくありましたし、今もあります。そういう言葉が湧く時の気持ちは、落ち込んでいたり悔しかったり悲しかったり、という時もあれば、嬉しかったりほっとしたりワクワクしていたりという時もあり、と色々です。
ただ一つ言えるのは、私はこの十数年、前を向いて歩み続けてきたことです。時々痛い目にもあいましたし、どどーんと落ち込んだことも多々ありました。でも、少なくともそれで停滞し続けたことはなかったし、歩み続けることで私の人生はより快適で豊かで幸福なものになってきたと思います。「キャリア」の面でも、ニューヨークに引っ越してきたばかりの時には想像していなかった展開を体験しており、それは収入面にもポジティブな結果として現れています。コーチとしてのキャリアを過去10年以上地道に積んでこられたのも、目指してはいたものの、当初予想できていたかと言えば実はそんなことはありません(笑笑)。
そんな歩みを促し加速させてくれたのが「コーチング」です。私は自分自身がクライアントとしてコーチングを受けることで、一歩また一歩と時にいじけたり挫けたりしながらその都度立ち上がり、基本的にはオープンマインドは保ちながら、前を向いて歩んで来られました。一方で、時には「今はしばらく歩みを止めて休もう」とすっきりと決断することができたこともありました。それもやはりコーチングのおかげでした。小さな一歩を進めること、ここだという時には駆け抜けること、時にすっきりと休んでエネルギーをチャージすること、それらが重なって、家族で渡米した時には想像もしていなかった場所に今私は来ることができた、と感じています。
そしてコーチとしてコーチングをし続けてきたことは、クライアントとしてコーチを受けてきたこと以上の恵みと喜びを私にもたらしてくれました。一対一の関係を協働構築しながらクライアントさんの伴走をすることで、実は私自身が一人一人のクライアントさんから学び、毎回、毎回、お一人お一人から、感動と刺激をもらえることが楽しくて、プロコーチの資格を取ってから10年後の今もコーチングをやめずにいます。
