船山 和泉

米国ニューヨーク州在住のライフ×キャリア・コーチ。学術博士(Ph.D.)。CPCC(Certified Professional Co-active Coach=認定プロCo-Activeコーチ)。LEGO® SERIOUS PLAY®ファシリテーター。表千家流茶道講師。

前職の熊本大学准教授時代にコーチングに関心を持ち始め、日本、アメリカの両国でワーク・ショップに参加するなどしてコーチングについて学びながら、コーチとしての活動を始める。
現在は個人クライアントとのコーチング・セッションを主にズームで行っているが、場合によっては対面セッションも対応している。

コーチとしての活動の他に、米国ニューヨーク州の大学で教鞭を執り、マンハッタンの日本クラブカルチャー講座の茶道クラスも担当しており、日々楽しく奔走中。

10年余続けている趣味の空手は黒帯。中国語とイタリア語を勉強中で、中国語はサバイバル会話はなんとかなる程度だが、イタリア語は全然進歩せず。アラカンの手習で始めたピアノに苦戦中。

私の今の生活には
いくつかの柱があります。

①太い柱

コーチングの仕事の他には大学の仕事やそれに関連するアカデミックなタスク的事柄は、一番太い柱かなと思います。そしてお茶も、上記の仕事を妨げない、ということが前提としてありつつも、趣味と仕事との両面を持ついわばライフワークで、とても太い柱です。家族も私の生活の太い柱です。今は息子が離れて住んでいるので、子育て中の時と比較すれば「家族」にかける時間も手間も雲泥の差ではありますが(笑笑)。

学会発表
コーチングとナラティブ分析
お茶のオンライン稽古

②他にも柱

ワクワク

その柱の間を縫うようにいくつかの柱があります。趣味で10年以上続けている空手やコロナ禍の時に再開した中国語の勉強やごく最近始めたピアノは、なかなか思うようには上達しないものの、これからも楽しみながら続けていきたいです。そして友人たちの交流や、たまにですがコンサートやミュージカルに行くということなども、楽しみの一つであると同時に、もしなかったら人生の色合いが変わってしまうだろうな、と思える大事な柱です。最近はエッセイのようなものも書き始めましたが、この「柱」がこれから私の生活や人生においてどんな意味をはらんでくるのかはまだ未知数です。でも、新しい柱を作るチャレンジをしていることそのものにちょっとワクワクしています。

ちょっと忙しい?

これらの柱は、一見「サブ」に見える柱ではあるのですが、仕事が忙しいからという理由で行かないとかしないということを極力避けるようにしています。(この日は時間を空けたいとかゆっくり過ごすと決めている、という時は別ですが。)行きたいな、したいな、でも、(お金をもらってしている仕事で)忙しいからちょっと時間が厳しいかな、と思うことは実は結構あります。でも、お金をもらってしていることが忙しいからという理由でお金をもらわないことやむしろ払うことで好きなことや興味があることを諦める、というのは、(もう)したくない、という意識が年々強くなっています。だから余計に忙しくなっていると側面は否めないのですが。じゃあお金をもらってすることを減らせばいいんじゃないか、という考え方もあると思うのですが、例えお金をもらっていても、基本的に好きなことしかしていないし、本当は他にもしたいことあるけど流石に時間的に無理だろうと思ってやっていないこともあるくらいなので・・・でも、ちょっと色々「やりすぎ」かな?と感じるところもあり、これは今の自分の課題かな、と感じている今日この頃です。

オペラ鑑賞
旧友とNYCでランチ
台湾国立 成功大学再訪

なぜか運動

その全ての柱の下にあるものの一つが「どうしてか分かんないけど定着してしまった(笑)運動する習慣」です。空手道場に行かない日でもほぼ毎日体は動かしています。短い距離をジョギングしたり、軽い筋トレしたり、ヨガしたり、そのいつくかをしたりするのですが、これ、もちろん健康に良いとは思うのですが、必ずしも健康になりたいとかなろうとしてやっているんじゃないんですよね。

ある種の中毒なんじゃないかと思うんですが(苦笑)、運動しないと、気持ち悪くて“耐えられない”んです。体を動かすのは好きだし、運動すると「ああ、スッキリ!」と思うし、健康的だし、結構なことじゃない、という見方はあると思うのですが、逆に運動しないとイライラしちゃうんで、困りものです。だから、ああ、今日は面倒だなあ、かったるいなあ、とか、忙しくて運動する暇ないよ〜、と思う日でも、よほどのことがない限り、私は毎日何らかの形で体を動かして汗をかきます。その最大のモチベーションは必ずしもポジティブなものではなくて、「運動して汗をかかないと気持ち悪くて耐えられない」という、なんだか本末転倒のようなところにあります。

空手昇段試験
5Kマラソン大会出場

④実は片付け魔

これは結構人に驚かれるのですが、私の家が散らかっていることはほぼ皆無です。(でも、例えば会社の人とか、友達などから、私の家は散らかっているに違いないと思われることがこれまでよくありました。)これも、ほとんどビョーキか??と自分で思ったりもするのですが、私、モノが散らかっている状態が、これまた“耐えられない”のです。耐性が低いのです。と言いつつ、掃除をしてない(=散らかっているではなくて、掃除機をかけたり拭き掃除をしたりしていないという意味)環境に対しての耐性はもっとあるのですが。自分の住空間が整理整頓されて片付いている、というのも私の生活の柱の元にあるものの一つで、「そうせずにはいられない」というところが運動と類似しているような気がします。 

こんな風に改めて「私の今」について綴ってみると、自分の体と自分の体が存在する空間が“整っている”というのが、私にとってはすごく大事な前提なんだな、と再認識します。おそらくは、ここがちゃんとしていていないと、全ての柱がぐらついてしまうのだと思います。

お茶会の際に
月餅作りに挑戦

⑤博士号を取得して、
大学の先生になって、
母親になって

26歳の時に当時勤めていた広告代理店を辞めてアメリカの大学院に留学して、最終的に35歳で博士号を取得して熊本大学で教員としての職を得るまで、寄り道もありましたが、9年間かかりました。その間、結局のところ、私はひたすら遠くの一点を見ていたと思います(遠すぎて見えなかったけど)。博士号を取って就職することです。人間関係にも恵まれたし遊ぶこともしていましたが、楽しいことも、苦しいことも、全てはその目標のためにあったと言っても過言ではなかったと言えます。

その後、38歳で息子を出産してから、息子が18歳の時に大学進学のために家を出ていくまでの18年間は、何のかんの言っても、息子中心の生活であり人生だったのだと振り返っています。私はかなり不肖の母親ですが(笑笑)、45歳の時に熊本大学を辞めて、息子を連れてアメリカで仕事をすることになった夫にジョインする形でアメリカに再び来た理由は、それしかないんですよね、結局のところ。

テキサス大学博士課程卒業式
熊本大学研究室
熊本大学キャンパスで幼い頃の息子と

⑥「いつか」も「そのうち」も捨てたーアラカンになって

そして今、息子は成人し、私はアラカンです。たとえ100歳まで生きると仮定しても、人生ゆうに半分以上過ぎているし、ましてや健康寿命なるものを考えれば、この人生の残り時間はすごく短い!と感じています。だから、「いつか」や「そのうちに」は捨てました。前からあんまり人目を気にしない性格でしたが、でもやっぱりちょっと気になっちゃう時には、意識して丸めてゴミ箱に捨てるようにしてます。

博士号も取った。目標だった大学の先生にもなった。
そのキャリアをある意味諦めて育てた息子も成人した。
今、そしてこれから、やりたいこと(だけ)やらなくてどうするの、アタシ?って、思っています。
でも、うーん、まだその覚悟が足りてないんじゃない?と自分に突っ込んだりしています(笑笑)。

エンパイア・ステート・ビル
アポロシアター
ブルックリン・ブリッジ

⑦バケット・リストをチェックしよう

The clock is ticking.

人生の残り時間は限られていて、刻一刻と人生の時間は過ぎてゆく。
だから、好きなことをしよう。やりたいことをやってみよう。やりたくないことはやめよう。
いつか必ずやってくる、この人生からチェックアウトするその時に、「ああ、あれ、やってみたかったな」とか「あれ、やってみたらどうなってたかな」って後悔するのだけは嫌だから、Bucket list (=バケットリスト;死ぬまでにやりたいことリスト)チェック欄に☑️をつけてゆこう。

うだうだ悩んだり迷ってる時間なんて、ない。

気になったらまずやってみる。見切り発車でいい。
やってみて好きだったら続ける。楽しむ。
好きじゃなかったら楽しくなかったら辞めたらいい。
ただそれだけ。

やってみた後悔する方が、やらなかった後悔するよりも、ずっといい。

これが、私のイマココです。

ポルトガル一人旅
屋久島一人旅