片づけフリーク(freak)

今週夫と息子不在にて、一人暮らし中第一日目。

こういう生活がベターとは言わぬが、イージーであることは確かで、で、とにかく何が良いと言うと、私一人で暮らしていると、家が散らからない。
これ、ほんっっとに、生活していく上でのストレスが半分以下、いや、8割減る。

(相当)意外に思われることが多いのだけど(ま、こ〜ゆ〜アバウトな私の性格からすれば、分からなでもないが)、私の部屋や家は、幼い時からずっと、常にかなり片付いている。というか、私、部屋や家を散らかさない&散らかせない、のである。

これは、「わたし、いつも気持ちの良い空間で暮らしてるんです。うふふ」ということというよりは、むしろ、「わたし、散らかっている空間で暮らすこと、(異常なほど)がまんできないんです。き〜っっ。」ってことなのである。

なんというか、自分の暮らす空間が散らかっていることに対する耐性がとっても低いのである。

ちょっと散らかってるだけで、かなりいらいらする。
普通に散らかってたら、もう、ものすんごくいらいらする。

だから、たとえば、こっちのダイニングテーブルでごはんを食べる時にあっちにあるコーヒーテーブルの上が散らかっている(ていうか、まあ、やってる途中の宿題がとっちらかってるみたいなレベルでも)、というのも我が家ではあり得ない。

私が耐えられないので、必ず私が片付けるか責任者(たいてい子供)に片付けさせる。その上でないと、食べない。
せめて、しまってしまわなくてもいいから、置いておくなら、ちゃんと閉じてきちんと揃えて重ねておけと指示する。

万事、そうである。たとえば、お風呂に入る前にリビングが散らかったままで入る、とかも、私てきにはあり得ない。

食事の片付けをしないうちにテレビを見て寛ぐ、とか自分の家にいる限りは「絶対に」しない。

次の行動をするときには、その前にしていた行動の関係のものをちゃんと片付けてからじゃないと、嫌なのである。落ちつかない、というよりは、「耐えられない」のである。

よく「散らかっていると嫌だけど、でも忙しいから、時間がないから、子供がいるから、モノが多いから・・・」というようなことを聞く。そういうふうに「XYだから片付かない/片付けられない」という人は「XXだと片付く」とか「YYなので片付けられました」というふうに言う。

こういう「〜だから(できる、できない)」というのは、私には、ない。

ところで、誤解のないように記しておきたいんですが、そういう人たちに対して(多分多いと思うんだけど)なんのかんの言いたい気持ちは全くありません。これはあくまで私のちょっとフリーキー(freaky)な(!?)側面についての物思い(?)であります。

私のように耐性がすごく低い人間は、いつ、いかなる時も、どんな状況においても、散らかさないのである。片付けるのである。

散らかせないのである。片付けないではいられないのである。

それはもう、業なのか、カルマなのか(あ、同じ?)、ただの性癖なのか、何かの呪いなのか、脳のキャラなのか、なんなのか分からないけど、「〜だから・・・」というのは、こういう耐性の低い人間には、存在しない語彙なのである。

だから、大失恋したり男にひどい目にあったり(笑)しても、部屋は常に片付いていた。

若かりし頃、会社の人たちと踊りに行って帰宅は午前3時〜、みたいな時でも、必ずお風呂に入って化粧を落として(あ、化粧はしてなかったか。笑)脱いだ服は脱衣かごに入れて、バッグやら靴やらコートやらは所定の位置に置いて、パジャマに着替えて寝ていた。

1才になりたての子供を抱えて一人で日本に帰国してフルタイムで働いて体力気力限界で暮らしていた時も、家は常に片付いていた。

朝8時半から授業があって、子供はおまるでうんこやおしっこをする年齢で、食べものは食べるそばからテーブルに床に取り散らかす、という時も、布団や食器やおろか、他のもろもろのものを「片付けない」状態で、家を出たことは一度もない。どんなにくたくたに疲れていても、家が片付いていない状態で、夜、寝たこともない。39度の熱があっても、胃腸炎でげろげろ吐いてぴ〜ぴ〜下痢してても、私の暮らす空間は常に片付いていた。

親が生死の境をさまよっていたり、死の床に就いていたり、はたまたついに死んじゃったりした時にあちこち行き来している時でも、暮らしている空間は片付いていた。

と、挙げればキリがないけど、とにかく、耐性が低いというのはそういうことで、雨が降ろうが槍が降ろうが親が死のうが子供が泣き叫ぼうが、私の部屋と家は片付いていたのである。

もちろん、子供が乳児のときも、である。

特に子供の例を挙げたのは、小さい子供を育てたことのある人なら想像つくと思うけど、乳児を(それもほぼ一人で)育てている最中で上記の私のような「片付けぶり」って、異常、とまでは言えなくても、ちょっと、オカシイよね。可笑しいとも言うか。というのが、分かってもらえるかな、と思うから。

家を片付けるよりも赤ちゃんによりそってあげる時間が大事ですから・・・、みたいな言説が育てる側からにも見守る側にもあるけど、ごめん、私のような人間には、それ、ありえないの(繰り返しますが、他の人のことについてどうこう言いたいわけではないんです)。

赤ん坊がいようが、ひん死の病人がいようが、いや、自分が今まさに赤ん坊を産もうとしてようが、自分がひん死の病人で今にも死にそうであろうが、

私の部屋と家は常に片付いているのである。
そういう風にしか、いられないのである。
もう、ほとんど、「そういう風にしか生きられない」レベル(笑)。

赤ちゃんの例で繰り返すと、常に片付いた状態で暮らすために、私がどんだけの心身のエネルギーを使っていたか(てか消耗していたか)赤ちゃんを育てたことのある人なら想像できると思う。

あ、でも、私はそれを全く当たり前に何も考えずにやっていた。
でも、1才の子供をかかえてこの片付けフリークしてたら、心身は疲れるよね。時間も喰う。
でも、片付けない、ということの方が、私には、ずっとずっとずっと負担、ていうか、「できない」ことだったのである。

これって、ほとんど「ばかみたい」である。
フリーキーである。(ちょっと)異常である。

つまり、赤ん坊よりも、ひん死の病人よりも、そっちが優先、なのである。

これ、ちょっと、すごくない?いや、悪い意味で(笑)

でもそういう自分を変えようとは思ったことないのである。
一度も。そしてきっとこれからも変えない。

睡眠を削っても、気力体力限界超えても、子供にいらいらして当たり散らしてても、片付けるの。散らかっているところで暮らすとか、あり得ないの。
(コーチングだと「それは、思い込みじゃありませんか〜?」という質問が出るとこかもしれないんだけど、すみません、思い込みでもなんでも構いませんから、と即答すると思う。笑)

そんな風になるくらいなら、散らかってしまうことを自分に許してあげましょう〜、もっと大事なことがありますから、いいんですよ〜、みたいなのって、あり得ないの。

だって、それが、「最優先」なんだもん。
それがないと、「全て」ができない。

だからと言って、病的なほどの片付けレベルかというとそんなことはなくて、それなりにアバウトなところもあるんだけど(そして実はそれが恒常的な小さいストレス。ほんとは隅から隅まで片付いた状態でいたいので)、一般的なレベルで言えば、おそらく、「いつも片付いている」と思う。

それでも、子供の時に比べたら、随分「耐性」は上がったと思うのだが。ま、なんていうの、年の功っていうか。グレーな部分も多少許容できるようになっていくというか。

まあ結婚して他者と暮らすようになったり、自分に子供ができたりすると、上げざるをえない。とは言え、それは自分比で、あって、そして実は耐性を上げざるをえないことにかなりいらいらしていることが多い。

で、本題(え?)

夫も息子も、別に、めちぇめちゃ散らかすかというと決してそんなことはなく、たぶん普通に片付けられる人たち。

でもね。

私と比べたら「耐性」がず〜〜〜〜っとず〜〜〜と、はるかに、高い。

で、どうなるかというと、これはあくまで「私の物語」なんですがそれを十分承知した上で言うと、

私は、日々の暮らしの中で、常に彼らが散らかしたものを片付けている。
常にである。

これ、疲れる。けっこう。
と、ふと気付く。いや、前から思ってたけど、あらためて、感じいる。

(息子自身にしつけの一貫として片付かさせる、というのはまた別の話であるんだが、よっぽど自分でさっさとやりたいので、これはこれでストレス多大。)

でも、散らかしたままの状態を放置することは、ありえないのである。
気が狂うから、私が。

例えば、私が外出していて、夫と息子と二人だけ家にいたとする。
で、私が帰宅してまずすることは、彼らが「散らかした」状態を、ベストとまではいかなくても「とりあえず私が耐えられるレベル」に戻すことである。

ちなみに、必ず、10回中10回、家は私の耐性を超えるレベルになっている。
当然私はいらっとする。二人は多分分かってない。そしてそれを「とりあえず私が耐えられるレベル」のしないと、私の気が狂うので、帰宅してまず最初に私は「片付ける」のである。

ものが雑然と置かれているというか、散らかっているということそのものもだけど、それによって、なんというか、空間の「空気」がざわざわとしている、それにマジで耐えられない。

疲れて帰宅したときとか、その「ざわざわ」空気を感じて、ホンキで泣きたくなることがよくある。
でも、この、若干フリーキーな私の感覚、彼らには分かんないんだろうな、と思うので(いらいらしてるのは伝わってるとは思うけど、私の中で起こっているのは、そういうレベルじゃないのよ)、黙って片付ける。

とは言え、多分、そんなに散らかっているわけじゃあ、ないんだろう。
一般的に言えば。

考えてみれば夫も子供も気の毒である。
別にものすごく散らかすわけではなく普通に暮らしているだけなのに、常に私の「お片付け」プレッシャーにさらされているわけだから。

とは言え、私の言う通りにして片付けて(くれて)いるわけでもないからどっちもどっちかしらん。

考えてみれば、こういうフリーキーな妻および母を寛容してくれている夫と息子、と言えなくもないのかも?

とにかく、そんなんなんで、ああ、だ〜れも散らかさない家に一人でいるのって、なんて、なんて、なんて、ラクなんだろう〜・・・・なんて心が平和なんだろう〜・・・としみじみ、それはもうしみじみ、思うのである。

はぁ。