白い猫
母は9月に亡くなったが、その翌年のお盆のこと。母の実家=母の兄(と兄嫁)の家に、叔母(母の妹)といとこ、そして私と父が集まった。私が知る限り北海道に「新盆」或は「初盆」の風習はない。だからそれはただの「お盆休み」の集いだったのだけれど、母が亡くなってから初めての「お盆」ではあったので、私も熊本から出向いて父と一緒に母の実家に行こうと思ったのかもしれない。
北海道の夏。親戚のみなが久しぶりに集えば「ジンギスカン」をするのは昔も今もわりと普通だと思う。伯父伯母夫妻(すなわち母の兄と兄嫁)が私たちのためにジンギスカンを用意してくれて庭先でバーベキューとあいなった。
車座に座って、肉がジュージューと香ばしく焼けるのを眺めながら、ああ、去年まではこういう集いには母がいたのになあ、今年は、母だけがいないんだなあ、などと、私は少し悲しい気持ちで、でもどちらかというと、ぼんやり考えていた。
とその時、すぐそばの木立の中に、どこからともなく、白い猫が現れた。ちなみに、その木立の向うは空き地になっていて、もともとは母たちが実際にその昔住んでいた旅館を兼ねた住居があった場所だった。
その猫は、本当に、いつのまにやらどこからともなくその木立の中に現れた。そして、優雅に、なんだかちょっとつん、とした雰囲気で、木立の間を縫って私たちの方に歩いて来た。ゆっくりと、迷う事なく、私たちがジンギスカンを囲んで車座になっている方へと歩いて来た。
その白い猫は、とても美しくて、なんだか体の周りが少し光って見えた。
猫の体も白く光った見えた。
あれ、錯覚かな?そう思って、目を凝らした。
「お母さんだ!」と直感的にひらめいたのと、
「この猫、ひょっとしたらお母さんかもしれない・・.」と思ったのと、
どちらが先だったのか、同時だったのか、覚えていない。
でも私は、本来今日この場所にいるべきはずだから、みんなと一緒にジンギスカンを囲んでいるはずだから、だから、お母さんは来たんだ、そう思った。
とは言え、私はいわゆる霊感と呼ばれるものもないし、この世界には「分からないこと」がいっぱい溢れている、ということも思ってはいるけれど、でも、そういうことを信じ切れている人間でもない。
だから、自分の「ひらめき」を完全に鵜呑みにしていたわけでもなかった。
でも、伯母が「あらあ、どこの猫だろう、見たことないねえ」などと言うのを聞いて、私は、ちょっとびびって、その白い猫がゆっくりと車座の中に入ってくるのを見つめていた。
猫も、ちらりと、私の方を見た。と思う。
白い猫は首輪をしていた
母の田舎は小さな集落で私の記憶する限り信号も、そもそも別に必要ないんじゃない?という様な場所に、ひとつかふたつだけある、というような所で、昔から隣近所みな知り合い、という場所。誰がどこの会社につとめているとかどこの学校に行っているとか、どんな犬や猫を飼っているのか、などなど、何十年もそこに住む伯母は大体把握している、そういう場所。だから、(首輪のついた)猫や犬がいれば、どこから来たのか、たいてい分かるはず、そういう集落。
ということを私は知っていたからか、私はなんだかどきどきして、そのまさに「どこからともなく」現れた白い猫をただじっと眺めていた。
するとその猫は、これまでと変わらぬゆっくりとした足取りで伯父(母の兄)に近づいたかと思うと、伯父の横にゆったりと身をおろし、目をつぶっていかにも気持ち良さげにまるまったのだ。
今日初めて会ったであろう伯父の体にすり寄るかのように。
まるで、ここが自分の居場所であるかのごとく。
猫は、まるで自分がその車座の中で一番偉い存在であるかのように、伯父の横で堂々とリラックスしていた。
私は軽い衝撃を受けた。
この猫、普通の猫じゃない。
お母さん、なんじゃないか。
その感覚(勘?)に軽い衝撃を受けたこともあるが、もうひとつそれ以上に、
この(お母さんかもしれない、と私がひらめいた)猫は、私のことを認識してはいるけど目もくれてない。
と感じたことに、衝撃を受けた。
ジンギスカンはとてもおいしくて舌鼓を打つことを私はもちろん忘れなかったけれど、そうしながら、私はずっとその猫のことが「気になって」しょうがなかった。
その美しい白い猫は優雅で近づき難いような雰囲気があったのだけれど、伯父の横で心からくつろいでいる様に見えた。そして伯父がジンギスカンの切れ端を食べさせてやると、おいしそうに楽しそうに伯父の手からジンギスカンを食べた。その間、猫は私に目もくれなかった。
私は、その白い猫のそばにいきたかったし、触ってみたかったし、話して(?)みたかったけど、しなかった。ただ、車座のこちら側から猫の様子を見ていた。
なんだか、邪魔をしたらいけないように思ったのだ。
せっかくようやく自由になった母を、もう、私や父がわずらわせるべきじゃないんだ、そう思った。
話は前後するが、脳に腫瘍が転移していたためか薬のためか、亡くなる前の母は正気でない時の方が多かった。幻覚を見て幻聴を聞いた。けれども、諸々の事情で、癌による痛みに最後まで苦しんだ。正気でないながらも痛みに悶絶する母が頻繁に口にしたのは、私の名前でも父のことでもなく、「おにいさん」という言葉だった。
「おにいさん、たすけて」と母は言った。
母は「おにいさん」「おにいさん」と、絞り出すように、むせび泣くように、何度も言った。
私も父も甘ったれでわがままで自己中心的な人間だった。
いや、そういう部分ばかりではないのだが、別に自己卑下するわけでもなく言えば私も父もほんとにそういう性質の人間だった(そして今もそれは根本的に変わってないように思う。)
そして、そうあることができたのは、母のお陰だった。
私も父も、生前、母にどれだけ頼り甘えたか、計り知れない。
母は強くて優しく美しかった。
そして、私や父に甘えるということがなかった。
多分、甘えるということが、できない女性だった。
私と父にだけじゃなく、きっと、誰に対してもそうだったのだと思う。
でも、子供と伴侶が私と父のような人間であったので、余計に、そうだったのだろう。
そしてそれは、闘病中も入院中も、そうだったのだと思う。
母は私に対して、そしておそらくは父に対しても、壮絶な痛みや肉体的な苦しみを経験しなければいけなかった時以外は、いや、そういう時ですら、愚痴も弱音もほとんど吐かなかった(私たちに対して不機嫌な時はあったとは言え)。
だから、母が悶絶するほどの痛みの中で「おにいさん、おにいさん」と呼ぶのを聞いた時に、分かったのだ。
ああ、そうか、きっと昔っからずっと、母が心から頼ることができたのはきっとおにいさんだけだったんだなあ、と。
初めて、そしてつくづく感じたのだった。
私でも父でもなく「おにいさん」だったのだと。
母は叔母(母の妹)ともとても仲が良かったし信頼し合ってもいたと思うが、もの心つかない時に実の両親を亡くした兄弟たちの長男長女として互いを支え合ったという絆は、また別のものがあったのだろう。というようなことは、母が亡くなったあと、私の父も伯父と話すうちに実は初めて知ったことなのだが。
だから、その母とおぼしき白い猫が、私にも父にも目もくれず伯父のそばでゆったりとさも満足げにくつろいでいるのを見て、私は、少し悲しいような気持ちもないではなかったが、良かった、と心の中で納得していた。
白い猫は、自分の心の向くままに好きなように、自分が甘えて頼ることのできる存在のもとでゆったりとくつろいでいた。義務とか責任とか役割とか、そんなの知らないわ、と言わんばかりのつんとした様子で私をちらりと見る様子は高貴とも妖艶とも言えるオーラを放っていた。白い猫は、「まるでお母さんみたいに」きれいで上品だったけど、「まるでお母さんじゃないみたいに」私を突き放すような素っ気なさがあった。
今生では花咲くことのなかった、母の中に眠っていた何かが、解き放たれたのかな。そんな風に感じた。ずっとずっと自分以外の誰かのために、家族のために、生きて来た母が、今ようやく解放されて自由になったのだろうか、と。
だから、「私」は邪魔したらいけない。
私が母の生き甲斐であったことも、母の私への愛情も、今も昔も疑ったことはない。
だからこそ、もう、「私」が邪魔をしてはいけない、と思った。
ジンギスカンがお開きになって片付けに入り、車座も解けたころ、白い猫はゆっくりとこちらに歩いて来た。私と父の方に。そして、ちょっと先で、私を見て止まった。
「ちーちゃん?」と私は呼んでみた。
「ちーちゃん」は母の幼いころからの愛称。
なんだか、「お母さん」と呼んではいけない気がした。
猫は、ただ、私を見ていた。
もう、あんたたちには、生きてる間に十分してあげたでしょ。
あとは知らないわよ。
自分たちでちゃんと勝手にやんなさいな。
などと、猫はもちろん言わない。
そういう気持ちが私にテレパシーで伝わったわけでもない。
でも、今、この猫、そんな風に私に言いたいのかなあ、と私が思ったのは確かだ。
と、父が、何を思ったか、「ほいほい、ほらほら、こっち来るか?」てな感じで、猫に絡み始めた。そうしたら、何とその白い猫は
「ふっぎゃ〜〜〜〜っっっ!!」
と鳴き声を張り上げ体を曲げて父を威嚇したのである。
相当な迫力だった。
うわあ、やっぱり、これ、お母さんだわ。
私の確信が一番強まったのは、この時だった。
ちなみに母はそういう態度を誰に対してもとったりする女性ではなかった。
でも、母の死後の父の「いろんなこと」(それは深い悲しみと絶望ゆえではあったのだが)に悩み頭を抱えていた私としては、「でしょお??」と溜飲が下がる思いであったし、ああ、そうだよねえ、そりゃあ、昔年の怒りが溜まってるよね、などとも思ったりした。
父の名誉のために言うと、生前の母と父の間には愛情も尊敬もあった。
だが、それとこれとは、また別なのである。
などと回想しているとは言え、やはりどこかで「こういうことを考えてしまうのも、まあ、母恋しさゆえで、そんなことがあるわけがない」という気持ちを払拭しきれず、でも「そういうこともあるかもしれない」と思いたかった私は、帰り道、父に聞いた。
「ねえ、おとうさん、あのジンギスカンの時の白い猫、あれ、お母さんだったんじゃないかな。」
父は言った。
「・・ちがうべや〜。お母さんだったら、お父さんにあんな風に鳴き声上げて嫌がるわけないべや〜」と。
・ ・・いや、だからこそ、お母さんじゃないか、って言ってんだけど・・・
とは、父には言わなかった(笑)。
自分勝手ではあったと思うがどこか憎めない愛すべき人間であった父に対する生前の母の諦観と愛情に免じて。
でも、もうさすがにやってらんないわよ、まったく、って思ったんじゃなかろうか、母、もとい、白い猫。
この猫のことは、父以外にはその場にいた誰とも話さなかったが、数年後、伯母にその時の白い猫のことを尋ねた。
伯母も、その猫のことをよく覚えていた。
私が「ねえ、おばさん、あのジンギスカンの時の白い猫なんだけど・・・」とここまで言うが早いか、伯母は言った。
「ね〜、あの猫ね〜、ちーちゃん、きっとみんなで集まってたから、自分も来たかったんだね〜」と。
・・・・
白い猫は、あれっきり二度と現れなかったということだ。

