偶然は必然だとは言うけれど

昨日家族で習字教室に出かけたあと、ランチタイムはさらに足を伸ばして自宅から40分ほど離れた場所にある新しく開店したというラーメン屋にて。その時、昨年歯根治療をしてもらった先生(アメリカ育ちの日本人の先生)を見かけた。ただ、せっかくの休日にこんなところで患者と話したくないだろうと思ったしまたあちらが私を覚えているか否かも不確かだったので、話しかけなかった。ちなみにその先生は一般外来は受け付けてなくて、紹介のみで治療してくれる「歯根治療の専門医」。私の普段のかかりつけの先生ではなく、お会いしたのはその治療の時の2回だけ。

そして今日、その先生に治療してもらったときの治療代が払い過ぎでしたということで32ドルと50セントのチェックが我が家に郵送されてきた。
封筒に印刷されていた差出人の名前はその先生の名前で、最初見た時は分からなかったが、ああ、あの先生か。あれ、昨日見たじゃん、と思う。

偶然だ。

偶然は必然です、こういう偶然に気がつくようになりましょう、意識を向けましょう、その意味を考えましょう、なんてことがよく書いてあるし聞くこともあるし、結構そういうのは信じてるけど、う〜ん、だとしたら、「この」偶然の意味は何?

と、ちょっとだけ真剣に考えたが、思いつくのは、この32ドルと50セントで、新しい歯ブラシと歯磨き粉を買って、せっせと歯を手入れしなさいってことか?ってくらい(爆)。

ところで(って、こっちの方が私としてはアツいんだけど)、その先生と奥様と息子さんは昨日そのラーメン屋さんに我々よりも5〜10分ほど遅れ来て我々の隣の席に座ったんだけど、なんと、なんと、我々よりも後で来て注文した彼らに、(我々が注文したはずの)餃子が先にサーブされた!見かけは両方とも日本人で家族構成も同じで席も隣だったために、ウエイトレスが明らかに間違えたと思われる(おいおい〜)。

ちょ、ちょっと、それ、私たちの餃子なんだけど!!!!!と、すんごく主張したかったんだけど、夫の「まあ、いいよ」の一言と、あと、私も(向うは覚えていないようだったけど)歯の治療してもらった先生に(おまけに腕も人柄も非常に良い先生だった。確か私と同じ年くらい)餃子のことでけんか売るのも嫌だなあ(そもそも彼らに罪はないし)と思って、抑えた。

でも、そのあと、なかなか来ないんだ、私たちの、もとい彼らが注文した餃子が!!
もともとお腹が減っていたので、となりで美味しそうにそして「当然のように」(←ねえ、注文した餃子が来て食べるのは当然と思ってるかもしれないけど、それ、私たちのなのよおお、と心の中でどれほど嘆いたことか)餃子を食べる彼らがうらめしくて、うらめしくて、夫にひそひそ声で「ああん、あれ、私たちの餃子なのに〜」と心の底から嘆いていた私(夫、いつものように飽きれ顔)。

今日届いた32ドルと50セントは、昨日の餃子のことはごめんね、よくがまんしたね、って神様がくれたご褒美なのかしらん。と思わんでもない。この30ドルでなんかおいしものでも食べようか。って、払い過ぎが戻ってきただけなんで、別に得したわけでもなんでもないんだけど・・・