「がんばらない」で「がんばる」時と”同じこと”をする?

アメリカは9月が新年度の開始月なので、9月になって久しぶりに会う友人・知人・子供の乗るバス停が一緒の近所のママさんたちとの挨拶として“How was your summer?”と聞き合うのはお約束の一部。ま、月曜日に”How was your weekend?”と聞いたり、クリスマス休暇明けにもやっぱりホリデーはどうだった?って聞くのと同じです。

だから、別にほんとのことを詳細に言う必要はないんだけど、9月に入って会う人会う人とこの手の挨拶をする時に、何回かつい言ってしまったのが、「いやあ、なんか、すっごいunproductive (非生産的な)夏だったよ」(笑)でした。

こう答えると、ウケる人あり、「分かるわ〜」って感じでうなづく人あり。

夏を振り返って言う言葉がこれ(unproductive)って、自分、コーチ的にどうなのよ?って感じで、ブログに書くのがはばかれましたが、でもほんとだしな〜。

たっぷり2ヶ月(7月と8月)あるように見えた、いや、あったはずの、夏。あれもしようこれもしよう。あんなこともできるわね。わくわく。やるきまんまん。

あれ?あっという間になぜかひと月たった?と思っていたら、あれ?なぜもう肌寒いの?(とは言え、9月の第一週にこの夏一番の暑さが来て、かなり参りましたが)あれ、あれ、夏終わっちゃったの?私の夏は、どこに行っちゃったの〜〜?????

そして、NYはすっかり秋。今朝とか寒いし。

あれもこれも締め切りがせまり、と思ったら、予想外のことが発生して、あれ、もう一つ増えたよ。あ〜〜、どうして、時間がいっぱいあるときに、ちゃんとこつこつやっておかなかったの〜〜?ワタシ〜〜?(泣)。

・ ・・・こういうこと、ありませんか?

私、(繰り返して言うと、コーチとしてあるまじきことだと思いますが、はい)、あるんですよね。まあ、ときどき(暗に別にいっつもじゃないし、と言ってます。汗)。だって人間だもの。てことじゃなくて、まあ、まだ人生修行中ってことで。コーチとしてもね。って、いつまで修行すんだか。もうすぐ50才になるのに。

こういう時ってほとんど「過去の自分」を呪いたくなりません?あるいは罵倒したくなりません?そして「未来の自分」が失敗したらどうしよう(だって計画通り準備できなかったし)と思って、どきどきして嫌になっちゃって、余計いろんなこと後回しにしたりしちゃいません?とってもじゃないけど「今の自分」をそのまま愛することなんて、できわないわっっ(涙)って感じ。

で、本来ならば、こういう事態に陥らないようにするべきで、どうやったら陥らないようにするか、ということについての秘策(?笑)についてはまた共有したいと思うのですが(まず私が試してから。笑)。

こういう事態に陥ったときに、じゃあ、どうするか、ってことについて、最近感じたこと、実践したこと(そんで結構うまくいったかな、と思ったこと)についてちょっと書きます。相変わらず前置き長いんですけど。

で、この8月の後半から9月の前半にかけて(ま、今まさにその最中なんですけど^^;)上述のような事態に陥ってしまいました。

「うわ、またやっちゃったよ〜」「こ、こんなことなら、いっそ思いっきり休んだり遊んだりすればよかったよお」(いちおう、やらなきゃいけないなあ、と思って、でもずるずるやらないでいたから、気持ちもすっきりしないまま過ごした夏なのでありました。)と、いままで何回経験したか分からない気持ちになりつつ、さてどうしようかと思案。で、

と、とにかく、(汗、汗、あせって)は、はやく、おわらせなければっっ〜〜と最終ダッシュあわててストレスいっぱいで、でもなんとか、終わらせる。ああ、また奇跡を実現してしまったよ。げっそり。

ってのは、もう、できん、ということが分かった。やる前から。

だって(年のせいか?)、もう、昔みたいに、がんばりきかないんだもん。無理きかないんだもん。うだうだ。もちろんまだ私も若輩者なんで、あくまで自社比ですが。

そして同じようにどつぼにはまった友人と「もうがんばりきかないよね〜」と傷口をなめ合う、その心地よさ。そして、ますます、「ああ、もう、がんばれません」と自分に言い聞かせると、ますます腑に落ちる。だよね。もうできないよ。前のようには。

で、だから、「がんばらない」ことにしたのであります。

とは言っても、もちろん、人との関わりの中でやっていることや責任があることもあるので、「すみません、もう、がんばるのできないんで、や〜めた」ってわけには当然いかないんですよね。

そこで。
そこでどうしたかったいうと。

我ながら、一体どこでこうこういうスイッチがはいったのか、あるいはどこにそのスイッチがあったのか、謎なのですが(誰かに分析して欲しい)、私、どうしたかっていうと、結局は同じことを同じ量だけするんだけど、でもメンタリティーが「がんばってない」っていう状態に、自分をもっていったんですよ。

え、何それ、どうやって?どういうこと?って思われるかもしれないんですが、ほんとなんです。誰か、私が一体何をどうやったのか解明してください。

いわば、やることはやんなきゃいけないんだけど、もう「がんばれない」からどうしよう、そうだ、がんばらないでやればいいんだ、っていう苦肉の策(?)だったんですよね。で、もうこれしかないわさ、って思ったというか、感じたというか、「分かった」というか。

結果ですか?はい、これがびっくり。あれもこれも終わったんですよ。「うわ、やばい、まじ、今回は無理じゃない?」って本当に、思ったんだけど。

もちろん、こういうことは今まであったし、おそらくは自分でも「ここまでは大丈夫だろう」っていうところを意識しないでいても見計らってさぼっていたとは思うんですよね(はい、さぼってました)。

ただ今までと違うなあ、と思ったのは、同じような状況で同じようなことをしても、精神的に、前みたいに(ま、あくまで比較級ですが)辛くなかった。多分こういう状況だったら、前はもっと家族に八つ当たりしたり(あ、今していない、ということではありません。比較ね、比較)、もっとストレス食いに走ったりしてた(いや、全くそういうことがないわけじゃないんですけどね、比較、比較。)、もっと飲んだくれたり(だから今そういうことがないということでは・・・しつこいですが)

というのは「がんばって」なかったから。
う〜ん、それなりにがんばってはいたのかもしれないけど(がんばりクセっていのは直りにくいんで)、やっぱり以前の私と比べると格段に「気持ちががんばってない」。あ、あくまで比較ですけど。

というか、ほんとに、「がんばれない」って思ったんですよね。
でもやらないといけないから、がんばらないでやるしかないなあ、ってどこからともかく湧いてきたんですよ。

これ、何なんだろう?

今までの経験からある程度の見込みがもてたり、「多分、結局はできるだろう。だっていつもできてきたのだから」っていう自信がどこかにあったり、っていうのはあると思うんですが、それだけじゃない。

わたし、自分に何をしたんだろう?

強いてあげれば、「うわあ、まじ、これ、やばいしっっっ」って思ったときに、「これは瞑想と運動した方がいいな」というほとんど危機感に似たものがわいて(笑)、ますます時間がなくなるんだけど、あえて瞑想と運動の時間をとりました。瞑想と運動しとかないと、パニックになりそうだったのかもしれませんが。

でも、運動も瞑想もけっこう昔からしてるんですよね。でも今回みたいな感じで「てんぱってる」ところを乗り切りつつあるのは、経験したことがないです。

だから、このブログも、コーチのくせに「あの、私に何が起きたんでしょうか?」と、読者に丸投げしてるし(笑)。こういうことも、ちょっと前ならできなかった(しなかった)ことです。自己分析、割と好きだし、おいおい、ちゃんと結論とかオチとかつけなよ、て思うのが常なんで。

どなたか、似たような感覚とか経験とか、お持ちの方、いらっしゃるでしょうか。わたしのこの晩夏&初秋の「前ほどがんばらなかったけど同じことやれた」体験、結構オモシロいと思ってるんですけど、体感覚的な感じが強くて、まだ理論化できてません・・・・

おしえてください。すみせん、長々と読んでもらったのに、結論がなくて。

・ ・・・で、ここまで書いて、ほんとに思ったのは、「あ、そっか、レゴ・シリアスプレイを自分でやってみて、この感覚をカタチにして言語化すればいいんだ!」でした。いや、ほんと。

でも今日はこのあとスカイプ会議なんで、ここで筆をおきます。