「この子は、こういう子、なんだな」

先日、Choose the road less traveled. という言葉か書かれたポスターを見つけて、ふと感じたことを書きました。で、この言葉そのもについてもまだ書くことはたくさんあると思うのですが今日は、以下、ここから少し脱線します。

で、心に響いたので、このポスターの写真をスマホで撮っていたら、ちょうどそばにいた息子が「何してるの?」と聞いてきた。「このポスターの写真を撮ってるの」と答えると、少しして息子が言うのです。

きりりとちょっと大人びた様子(っていうか、大人ぶっている?様子)で。

「いい言葉だね。人と違うことをして有名になれ、ってことでしょ。」

と。

・・・・。

ええと。

一瞬にして色々と思いがめぐったのですが(え、お前、そんなこと=有名になりたい=思ってるの?とか、いや別に、違うことをするのが必ずしもいつも良いというわけではないんだよ、とか)、それらをふっとばすほどに、「あああ〜〜」と感じたのは、

「この子は、(やっぱり)こういう子、なんだな」

ということ。

そして「私ができること、するべきことは、この子のこういう性質や可能性を壊さないようにすること、ただそれだけなんだな」

ということでした。

そして、なんか、感慨深かったのです。

なぜかというと、さらに脱線するのですが、(よくあるパターンだけど)私の思いが自分自身の子供時代へと飛んだからなのです。

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私はどちらかというと、周りと同じになるように、とけ込めるように、目立ちすぎないように、と心をくだいている小学生でした。とは言え、当時の私を覚えている人は「うそばっかり」と言うかもしれません(笑)。というのは、田舎町の周りの同級生たちと比較すると勉強ができたし「はきはき」して「口がたつ」子供だったので、おそらく十分目立っていました。

そして、だからこそ、私は授業中に本当は3回手を上げたいところを1回に抑えたり、先生の質問に回答するときに、「いや、あの〜、たまたま分かっちゃって・・・」みたいな雰囲気を一生懸命作ったりして(笑)、「私、みんなよりもお勉強はできるけど、別にいばったり気取ったりしない、普通の小学生なんです」と思ってもらえるように、いつもどこかで「気をつけていた」ところがありました。自分の「はきはき」や「口のたつ」ところを調整しようとしていたんです。ま、無理だったんだけど。

今こうして振り返れば、ちょっと自意識過剰(笑)。ちょっと嫌みな小学生?(笑)。

当時はいわゆる「学歴偏重」の弊害、みたいなことがメディア(当時はテレビと新聞ですよね)などで言われ初めていて、だからこそその一方で「勉強だけできてもだめだ」=「勉強(だけ)ができる子供は他のところで欠陥があるものだ」みたいな論調も強かったように思います。

だから私は、「勉強ができるからって、いばってる」とか、「はきはきしてる=生意気だ」とか、そういうようなことを周り(子供もオトナも両方含めて)から思われたり言われたりして、「輪」からはずれることを、恐れていました。

そしてもちろん、「お勉強ができる」「はきはきしていてオトナ/先生受けがいい」「なんか色々とものを言う」っていうのは、当時の田舎の小学生の世界をサバイバルする(笑)上では別にアドバンテージじゃないんですよ。むしろ逆。

だから、私はかなり「はきはき」していた子供だったんですが、そういう自分にいつもどこかしら居心地の悪さを感じていた。そしてそういう自分の性質は、時として、同級生や上級生や大人の人たちからも(先生も含めてね)ひがまれたりうとまれたりするものなんだ、とも感じていました。思い込みじゃ、なかったと思うな〜。

実際、「生意気だ」とか「理屈臭い」とか言われることはあったけど「はきはきして、いいね」って、優等生を褒めるという意味じゃなくて、「わたしはそういうのって良いと思うわ〜、好きだわ〜」って感じで言ってくれた大人なんてすごく少なかった。実は二人、そう言ってくれた近所のおばさんのこと、いまも覚えているくらい。(子供心に、一生懸命なんとか調整しようとはしていたものの、自分のまんまの性質を好ましいと言われた事が嬉しかったんだと思う。)子供にいたっては、こんなん長所でもなんでもなくてむしろ、ちょっとした拍子にいじめの糸口になっちゃう。先生にみんなの前で「はきはきしている優等生を褒める」ノリで褒められても、それは、ほら、体制側(?笑)の言うことだから、かえってこっちは困るんだよ〜、みたいなとこもあった。

いや、別に「はきはき」しようと思ってはきはきしてるんじゃなくて、それがデフォルトなんだよ〜〜それををどうしろっちゅうの〜〜なんて風には、当時は言語化できてなかったけど、そんな感じ。

救い(?)は、私の母親が当時にしては珍しかったと思うのですが、「言いたいことはちゃんと言いなさい」と言い続けてくれたことですが、そんな母親から見ても私は「へ理屈をこねる」子供だったようで、けっこう、そう言われました。(「へ」理屈って何だよ??こっちは一生懸命考えてんだよ〜、って、思ってました^^;;)

そして、私はいつも「気をつけて」いました。とは言え、いくら気をつけても限界があるっていうか、結局、気をつけきれないというか、本人も全くそういうつもりがないけど、なんかやらかしたり言ったりして目立つ、ということはたびたびあった、と思う。子供だしね。そしてそれはある種の「しくじり」とか「負い目」として、私の中にインプットされたと思います。でもだからと言ってそういう性質や行動が変わるわけでもないので、「しくじり」続け「負い目」を負い続ける訳です。

不思議な事に、成績が良くてはきはきしているがゆえに、普通に考えればすごくはれがましいお役目をいただいて、まあ、けっこうはりきってやってるんだけど(送辞とか答辞とか読むっていうやつ)、どこか、どこか、どこか、なんか、他の同級生に対して居心地が悪い、自分だけこんなお役目をいただいて、仲間じゃないと思ってもらえなくなったらどうしよう、というようなある種の恐怖に近い感覚が、わずかなんだけど、いつも、どこかにある。・・・この「インプット」の影響というか感覚、けっこう、微妙な加減なんですけど、のちのちまでーつい最近までーあったと思うし、それは決して自分にとってプラスじゃなかったと、今、思います。

とは言うものの、結局、別に神童でもなんでもなかった、田舎町の優等生レベル、だった私は、とくに大きな問題もなく、のどかな田舎でおおむね幸せな子供時代を過ごしました。

でも、オトナになってから、比較的最近になってからですが、たま〜にふと思うことがあって。

もし小学生だったころに、自分の好奇心とかやる気とかのおもむくままに、そういうものをコントロールすることなく、なんの心配もなく、もっと自由に「はきはき」と「理屈をこねる」ことが可能だったら、ひょっとして、何かが、ちょっと、違っていたかな?って。

「確かにはきはきしてるんですけど、それが悪いか?」くらいに思えていたら(笑)、もっともっと「自由」だったかな〜?とか。子供のへ理屈にもっと真剣に大人がつきあってくれたら、あるいは、そういうへ理屈をぶつけ合える心許せる友達がいたら、(たとえそれが大人からすれば「ぷっ」ってレベルであっても)どんなことを考えてどんな理屈をこねたんだろうな〜?とか。

私はこのあたりのことでトラウマめいたものはないと思ってますが、何かがちょっと違っていたかも、そして、今現在の私も何かもちょっと違っていたかも?って、想像の遊びですが、ふと思うことがあります。
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で、息子の話しに戻ると、彼は子供の頃の私に輪をかけて積極的で衝動的で、思ったことはまんま言う子で、時に「うわ〜〜う、うそ〜」と親が赤面するほどのこともあるくらい外向的なところがあるます。「や、やめなさい〜、お前、黙れ〜」と言いたくなる衝動を抑えるのが一苦労、ということもあります。もう、ほとんど一人で勝手に悶絶してます。

他から見ると「別にいいじゃない」ということでも、親としては「そ、そんなことして人様にごメーワクをおかけしては・・・・」などとつい思って、反射的にやめさせたくなることがあるのです。これって、やっぱり、自分の子供時代の体験の影響かな??(実際、この間、あまりにびっくりしてうろたえたので反射的に彼をシャットダウンしてしまったエピソードがありました。これはまた後日機会があれば。)

母親の悶絶の甲斐あってか(笑)、今のところ、彼は自分の能力や性質を表現することに関して、当時の私が感じていたような「窮屈さ」や「不自由さ」や「負い目」や「居心地の悪さ」は、少なくとも当時の私ほどには感じていないように見えます。どころか、

人と違うことをして有名になりたい。

なんて心のどこかで(てかすごくはっきりと?)思っている、息子は、そういう子、なんです。

で、とりあえず、良かったな〜、って思ったんです。それで感慨深かったんです。いや、別に「人と違うことをして有名になりたい」と思っていることについて良かったな〜、と思っているわけではない。

そうじゃなくて、とりあえず今のところは、彼の本来の性質や可能性のような何か、を私は損なっていないらしい、と思えたから。

そして、彼は、私が小学生のころとは、違う状況で生きてるんだな、って思えたから。いい意味で。

そして物理的にだけじゃなくて精神的な意味で「親の庇護」のもとにいる間は、せめてその間だけでも、こういう彼の性質を、良い悪いではなく、このまま育んであげたいものであることよ・・・と思ったのでした。

だって、この子は、こういう子、なんだもの。

・・・・・と、ブログに書くときはなんかイイこと書いてるんだけど、もちろん、日々、母の赤面&悶絶は続いており、そして今日もくだらな〜いことで彼をコントロールしようとして、(そういうことにとても敏感に反応する息子が大爆発して、んで、私も逆切れ?して)大げんかしたんですけどね・・・・てか、自分でどうでもいいことについてコントロールしようとしておきながら、そんなどうでもいいことで怒るな!とか言ってるし、私・・・

その後二人そろって「反省ポーズ」をして仲直りしましたけど・・・

ああ、修行。