「Yes, and...を生きる」
Yes, and…って、聞いたことありますか?
アイディア出しをするブレイン・ストーミングで使われたりする発想法&話法です。もともとは即興劇を創作する手法&話法として広がったとも聞いています。
とにかく何を言われてもまずはYesで受け入れて、それからさらに・・・とアイディアを加算していくのです。
例えば(ほんとに「例えば」、ですよ!)あなたの友達は映画に行きたいけどあなたは行きたくなくて今すぐに食事に行きたいと思っている場合。
Yes, and…のべたな反対のNo, but…で会話すると
友達「ねえ、映画に行かない?」
あなた「いや〜、私は、今はごはん食べたいんだけど」
Yes, and…で会話すると
友達「ねえ、映画に行かない?」
あなた「そうね。そして、映画の前にまず食事してから映画に行かない?」
のようになります。
違いのニュアンス、分かってもらえたでしょうか?
相手の考えや発言に対して否定から入るのと肯定から入るのでは、同じ内容を伝えていたとしても、違うでしょう?
で、ここまでは実は前段です。
このYes, and…は、は単なる技法ではなくどのように「生きる」かである、という人がいました。私はその人をとても尊敬しているのですが、いまいち「どういうこと?」とピンときませんでした。その人曰く、Yes, and…を「する」のではなく「生きる」ことによって、自分の思考が変わり自分が広がり自由になる、と言うのです。私はますます「?????・・・分かりません・・・」と感じていました。
そんな或る日、亡くなった両親のことをふと思い出した時、ああ、自分はずっとYes, BUT…を生きていたなあ、と感じました。以下、その時の考えを記録したものです。日本人でない仲間とこの思いをシェアしたので英語ですが、そのまま載せます。長くなりますが、少しづつ日本語訳も付けます(もともと英語で書いたので、英語もヘンかと思いますが、日本語ももっとヘンだと思います。ご容赦ください。)
Yesterday, I realized that I lived “Yes, BUT …” for a long time when I thought about my parents.
(昨日、両親のことを考えるとき自分は長い間Yes BUTを生きていたのだということが分かった。)
Yes, I wanted to spend every last moment with my dying mother, BUT I could not “drop” my son and students and nobody was there for me to help…
Yes, I knew how devastated my father was after my mother died, BUT I was also devastated so that I could not be really “there” for him…
(Yes、私は市に行く母と最後瞬間まで一緒に過ごしたかった。BUT<でも>息子のことも学生のことも放り出せなかったし、誰も助けてくれなかった。
Yes、母が亡くなった後、父ががっくりきたのは知っていた。BUT<でも>私もがっくりきていたから、父のことだけ考えてあげられなかった。)
This Yes+BUT combination has made me a “victim” for a long time who had no choice. I regretted and I blamed. I blamed (in my heart) myself, my son, my husband, my in-laws, and the society.
(このYes+BUTの組み合わせは、長い間、私を選択肢のない「犠牲者」にしていた。私は後悔して責めた。私は心の中で自分を責め、息子を責め、夫を責め、義父母を責め、社会を責めた。)
Just as an experiment, I exchanged the Buts with Ands.
(ちょっと実験的に、このBUTをANDと交換してみた。)
Yes, I wanted to spend every last moment with my dying mother, AND I could not drop…
Yes, I knew how devastated my father was after my mother died, AND I was also devastated…
(Yes、私は市に行く母と最後瞬間まで一緒に過ごしたかった。AND<そして>息子のことも学生のことも放り出せなかった・・・。
Yes、母が亡くなった後、父ががっくりきたのは知っていた。AND<そして>私もがっくりきていた・・・。)
This Yes+And combination made me feel like I had a choice and I chose what I did. Consciously or unconsciously, I chose what I did.
(このYes+ANDの組み合わせは自分には選択肢があり、自分は自分のしたことを選んだのだという気持ちに私をさせた。意識的にせよ無意識的にせよ、私は私のした事を選んだのだ。)
Still, it breaks my heart when I think about what I can/did not do for them. AND this Yes+And combination also enables me to see what I did. I took care of my son and students. I was devastated. I did what I was responsible for. I did my best and only my best in the midst of devastation.
(それでも、私が両親のためにしなかったこと/できなかったことを考えると胸が張り裂ける。AND<そして>このYes+ANDの組み合わせは同時に私がしたこを私に見せてくれる。私は息子と学生の面倒を見た。私はがっくりしていた。私は自分の責任を果たした。私はがっくりしていた中でベストを尽くした。)
This does not "transform" my pains. AND I feel I can breathe better now when I think about my parents with Yes+AND. AND at least, I am not a “victim” here.
(このことが私の「痛み」を変質させることはない。AND<そして>私はYes+ANDでもって両親のことを思い出すときに、呼吸が楽になるように感じる。AND<そして>少なくとも、私はここでは「犠牲者」ではない。)
これは、「Yes, ANDを生きる」って、こういうことか、と私が気付くにいたったひとつの例です。
両親の死やそのことにまつわる行動や思いに対して、自分自身を選択肢のない犠牲者と見るかあるいは自分で自分の行動を選んだのだと見るか—
何かに対して、逆説(すなわちBUT)でつなげるか順接(すなわちAND)で、思いや行動をつなげてゆくか、ということで、「どう生きる」かが変わります。
同じ何かに対して同じ思いや行動をとったとしても、その関わり方を自分自身がANDで捉えるか(つまり肯定しているか)、BUTで捉えるか(つまり否定しているか)で変わるのです。
Yes, ANDを単なる発想法や話法ではなく「生き方」として捉えてみる。
私にとっての、大きな、大きな、学びでした。

