不思議な体験〜匂い②

以前「不思議な体験〜匂い」というタイトルでブログを書いた。(以下、そのリンク)

http://coachnoizumi.sblo.jp/article/180215147.html

今日は「不思議な体験〜匂い②」というタイトルで、自分が体験した不思議なことを記録しておきたくなった。父の命日が近づいてきて、ちょっとだけあれこれ考えたりするからかもしれない。

父が亡くなって荼毘に付した後、遺骨は北海道の実家に祭壇のようなものを作って四十九日の日まで置いておくことになった。地方の習慣なのかどうか分からないが、祖父母の時も親戚の時も友人の時も、そういう風にして、四十九日のまさにその日に納骨をするのが普通だった。

母はその3年前に先に亡くなっていたので、実家には誰もいなかった。初七日を終えて私は九州に戻らなければならなくて(仕事もあるし就学前の子供もいるしね)、さて遺骨はどうしたもんかとは思った。が、近所に住む親戚が、まさか九州まで持っていくわけにもいかないだろから(また北海道まで持ってこないといけないし)可哀想っちゃ可哀想だけど仕方ないべや、自分たちが時々お線香をあげに来るから心配するな、ということを言ってくれた。で、私はあっさり、仕方がない、ですよね、と(と言うよりはそう言ってもらえて助かったのであったが)ありがたくその通りにさせてもらうことにした(これは地方色ゆえか船山家ゆえか分からないが、船山家とその界隈は合理的な一族であった—こういうことは、ひょっとして多くの人にとってはあり得ないことかもしれないが)。かくして、誰もいない実家に、父の遺骨は四十九日まで残されることになった。

四十九にの納骨/法要の、前々日だっただろうか。私は実家に帰った。水曜日だった。鍵を開けて玄関に入り、リビングルームへと入るためにドアを開けた。そうしたら、花のような甘い匂いが部屋いっぱいに漂っていた。私は「ああ、Sさん(件の親戚)がお線香をあげに来てくれたんだな」と思って、諸々の雑事に取りかかり、納骨の日を迎えた。

四十九日の納骨を終えて、場所を変えて、ホテルのレストランで法要に来てもらった親戚に食事をしてもらった。そこでSさんの妻であるT子さんと雑談となった。T子さんが夫であるSさんと一緒に父の遺骨にお線香をあげていてくれたのは知っていたので、そのお礼を言った。その時、T子さんが言った。

「ねえ、ねえ。あの家(=私の実家)さ、いい匂いがしない?いつも行くといい匂いがするの。」

私は、水曜日に実家に戻った時にいい匂いがしたので、ああ、お線香をあげに来てくれたんだな、と思ったのよ、と言った。するとT子さんは「違うわよ。いつも土曜日しか行ってなかったもの。」と言った。

確かに土曜日に焚いたお線香の香りが水曜日まで残るっていうものあんまりないことかもしれないけど、
「ずっと閉め切ってるからお線香を焚いた匂いが籠って残るんじゃない?」と私が言うと、T子さんは、
お線香の匂いはそんなに長い間残らないわよ、と返した。そして普通は閉め切っている家であんないい匂いがしない、と続けた。そしてトドメにこう言った。

「だいたい、お線香って、ああいう匂い、しないじゃない」と。

閃きと驚きと納得と。なんとも言えない感覚が湧いて来て、確かに、あれはお線香の匂いなんかじゃなかった、と分かった。むしろどうしてぼんやりとそんな風に思ったのか、我ながら不思議だった。

そして母が亡くなった後に初七日まで実家に滞在していた時の体験を思い出した。

あれは母の初七日の前の日の夜だったか。あるいはもう1日前だったか。父よりも先に床についたものの夜中に目が覚めた私はトイレに行った後、喉の渇きを感じたのでリビングルームを通って台所に行こうと思ってリビングルームのドアを開けた。そうしたら、リビングルームいっぱいに甘い花のような匂いが漂っていた。漂っていたと言うよりは、むせかえるような、甘い花のような匂いがリビングルームを埋め尽くしていた。まるで、まるでその匂いが「見える」ような気がした。実際に、部屋の中が「匂い」で少し白く曇っているように見えた。母の遺骨が置いてあった部屋はリビングルームのすぐ隣でつながっていたので、ああ、父が寝る前にお線香を焚いたんだな、と半分寝ぼけた頭で思って、そのまま自分が寝ていた2階の部屋に戻ったのだった。翌朝父に、「お父さん、昨日寝る前にお線香焚いたでしょ。寝るときは火が危ないから気をつけてね」と言うと、焚いてないと言う。でも、夜中に起きたら匂いがしてたから、焚いたんでしょ、と言うと、「焚いてないって!」と言う。だって、夜中に匂いがしてたもの、寝る前に焚いたんでしょと私は再度言った。それしか考えられないし、それに部屋が煙で白く曇ってたし、と心の中で思いながら。「焚いてないって言ってるべや!」としまいには不機嫌になってしまった。父はこういうやりとりで不機嫌になる人であった。そんな父にこっちも気分を害して、訝しげに思いながらも、そのまま忘れていた。

あの時と同じだ。あの時と同じ匂いだ。と思った。あの時の甘い花のような匂い。お線香かな、と思ったけど、お線香はあんな匂いはしない。そしてお線香なんて誰も焚いてない。

同じ匂いだ、と思った。母が亡くなってからしばらくの間、熊本で、ふとした時に漂って来た匂いと同じだ、と思った。時々、思いもかけない時に甘い花のような匂いを感じて、あれ、なんだろう、何の匂いだろう、と思って周りを見てもそんなものはどこにもなかった。大学の研究室で感じたあの匂い。道を歩いている時に、あれ?と思ったあの匂い。お茶の先生のお宅に伺って車を降りた時にも感じたあの匂い。そして「先生、庭先のお花はとてもいい香りがしますね」と言ったら「そんな香りがするようなお花はありませんよ」と言われたあの匂い。

T子さんは「あの家に行く時、いつもいい匂いがするの。でも、Sは全然感じないって言うんだわ。でも私はいっつもいい匂いがするのさ」と続けた。

私は「きっと、お父さんのためにお線香をあげてくれてありがとうって、お母さんがT子さんに言いたかったんだと思う」としか、言えなかった。それしか思いつかなかった。T子さんは私のその言葉に沈黙したけど、それは異論があったからでは多分なくて、T子さん自身も何やら反芻しているような、あるいはここで私にどう言葉をかけてあげるのが一番いいのかなと考えているような、そんな風に見えた。

あの甘い花のような匂いをまた体験したいと思うけれど、今の私にはもう感じられない。たまに「あ。。。」と思ったりすることがあっても、多分それは私が焚くことを習慣にしているお香の残り香。白檀の甘い匂いに惑わされているだけだろう。

人は誰しも、多かれ少なかれ、「不思議なこと」を体験したことがあると思う。
私が体験した「不思議なこと」は「匂い」にまつわることだった。

不思議な甘い花のような匂いは、私は嬉しくもさせ苦しくもさせた。
もしもお母さんなら嬉しいな、と思う気持ちと、一体これは何なんだ?と思う気持ち。
”そういうこと”なのか?あるいは私が幻臭を作り上げているのか?あるいはただの偶然なのか?
嬉しくもあり切なくもあり、混乱して、苦しかった。

自分は確かに体験しているんだけれども、ただの思い込みなんじゃなかろうかと常に自分に対しての懐疑的な気持ちが拭えなかった。
信じたいけど、信じきれない気持ち。
ありえないっしょ、思いながら、どこかで信じたい気持ち。

今もよく分からない。
だから私が体験した不思議なこととして、記憶が薄れ切ってしまう前に、ここに書いておこうと思いました。