親は何かしら考えていてくれたのかもしれない、とふと思う、砂場の記憶

ふと、今更ながら気がついたことを忘れないうちに綴っておきたくなり、先日フェイスブックに投稿したものです。ブログにもアップします。

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物心ついた頃から小学校5年生まで、町営の平屋の団地に住んでいた。団地と言っても、そこは北海道の田舎。車庫こそなかったものの、駐車スペースはあったし、庭も広くて、母は花や野菜をいっぱい育てていた。私のブランコもあった。

家の玄関の前にもスペースがあって、そこには砂場があった。近所の子供はそこを「和泉ちゃんちの砂場」と呼んでいて、私がいてもいなくても、いつも色んな子供がそこに遊びにきた。だから私も色んな子と一緒に「うちの砂場」で遊んだ。その砂場は、父がトラックで海から浜辺の砂を運んできてきたものだった(そういうことしちゃ、いけないんじゃなかったのかと思うけど、そこは、まあ、昔の田舎だから、本人達も誰も何にも考えてませんでしたf^^;)。

七夕(北海道は8月7日)の前には、父が山で大きな笹をとって、トラックに積んで運んできて、団地の我が家の玄関先にたてた。それは「和泉ちゃんにの七夕」だったか「笹の葉」だったか、そんな感じで呼ばれていて、やっぱり近所の色んな子供が来て、短冊に願いごとを書いてくくりつけていた。ぼんやりと、母親が、色紙や糸やはさみを用意してあげていたような記憶がある。そして私は「うちの笹」に短冊を飾らせてあげるべく、場を仕切ったりしていた。

私は一人っ子だが、そのことを寂しいと思ったことはない(世の中に蔓延する一人っ子は寂しいとか可哀想だというのは、偏見にも近い思い込みである。ま、そういう子もいるかもしれないけどね、もちろん)。だからうちの息子がさもどっかから借りて来た台詞を言うように「ボクも兄弟が欲しかったな・・・」などと自己憐憫たっぷりな感じで訴える時は(そういうことを言う時は、そのことじゃなくて、他に何か思惑があるものである←本人経験談)、私は、「あのさ、ママさ、おまえがそういうこと言っても、ぜ〜んぜん可哀想だって思わないから」と言ったりする。ちなみにその時息子は「び〜〜」と泣いて、あれ、これはさすがに可哀想だった(きっとただ、甘えたかっただけだろうに)、と思って、コーチグマインドをもって「寄り添い」をしましたがf^^;

で、ちょっとそれたけど、何が言いたいかというと、あれ、父親は、母親は、そんな風にいつも我が家の周りに子供達が集まるようにと、考えてくれていたのかな、と最近気がついたということ。昔の日本の田舎だからいつも近所の子供と遊んでいたのはどこでも同じだと思うけど、とにかくうちの周りには、いつも近所の子供達がたむろしていたのである。だから、寂しいどころか「たまには静かに一人でゆっくりしたい」とかちょっと生意気な子供らしからぬことを思うくらいの、そういう環境であった。いや、ずっと前からぼんやりとそうだったのかな〜・・・と感じてたけど、自分が母親やって11年たったからなのかどうか分からないが、ああ、きっとやっぱりそうだったんだな、と今夜なんだか腑に落ちてきたのである(遅い?)。

自分が言ってることと矛盾するけど、私が一人っ子であることを寂しいと思ったことがないのは、少なくとも子供の頃に関しては、実はそういう親のおかげだったのかもしれない。そしてひょっとして、そういう子供時代のメンタリティーが、今も私の中に巣くっているのかもしれない。あくまで、かもしれない、だけど(つまり関係ないのかもしれないけど)。ただ少なくても、きっと二人の親は、何かしら、考えてくれていたんだろうな、とは、思うのである。今更ですが(遅い?)。