つい「がんばらなくていいです」とクライアントさんに言ってしまう時

例えば、瞑想。

例えば、ではありますが、最近セッションでよく出てくるトピックなんです。
それぞれは全く関係のない別々のクライアントさんたちなのに、いろんなことが、シンクロするというか、そういの多いんです。不思議と。もちろん、コーチである私自身のセンサーがそうなっている、ということかなとは思いますが。

とにかく、例えば、瞑想。

私のクライアントさん、朝晩の瞑想の効果、感じていらっしゃる方、多いです。でも、とても忙しい彼ら彼女らは、「分かってるけど、時間がやっぱりとれな〜い」っていう場合も多々あって。

で、そんな彼ら彼女らに共通しているのは、「がんばって15分とか20分とかできれば30分とか、瞑想したいんですけど、できないんです。したら絶対いい、っていうのは分かってるんだけど」というような思い。

努力家で自分に厳しくてより高みを目指そうとしているクライアントさんたちは、リラックスして気持ちよく日々を過ごすために行うような(もちろん、そのためばかりとは限らなくても)瞑想のようなことについても、同じように努力家で自分に厳しくてより高みを目指そうとするクセがあります。

ところで、そう、クセって、なかなか抜けないんですよね。だからそこは「ああ、そうなんだよね、こういうクセがあるんだよね、自分って」と認識だけしてあとは流しておきましょう。あせらない、あせらない。「どうして私はこういう思考のクセがあるんだろう!!」と自分を責める必要ないし、これまで何十年もかけて身につけてきたクセが一朝一夕で変わらなくたって、ぜんぜん大丈夫です。「ああ、自分はこういうクセがあるんだなあ」と気がつくのは、最初のそしてとっても大きい一歩だから。

と、ちょっと話がそれましたが、そういうクライアントさんに私は「30分しなくていいです。15分しなくていいです。毎日、毎朝毎晩しなくていいです。そりゃ、できたらその方がいいかもしれないけど、別に『無理してがんばって』やんなくってもいいです。どっちでもいいです」と言います。

でも、「やっぱり効果があるっていうのは感じてるからやりたい〜〜」という場合、多いんです。で、そういう場合は「じゃあ、5分でいいです。3分でいいです。月曜日だけでいいです。土曜日だけでいいです」、みたいな感じで勝手に“許可”を与えてしまします。「わたしが許す!さぼってよろしい!」みたいな、勝手にお奉行、みたいな感じ(笑)。

コーチングでは、いろんなこと、“自分に許可を与える”ことも含めて、いろんなことをクライアントさん本人に決めてもらうというのが原則なんですけど、こういうとき、私は勝手に許可を出してしまいます。「だったら、5分でも3分でもいいよ〜ん」って。「別に毎朝毎晩やらなくてもいいから〜」って。

もちろん、それをどう受け止めるか、はクライアントさん次第です。ただ、多くの場合「そんないい加減なことならやりたくないです。もっとちゃんとできるようにコーチングしてくださいっっ」という人はいません。てか、今まで一人もいません。

そしてそれは、別に瞑想に限ったことではない話です。

ただ、そうすると、「じゃあXX分だけなら、できると思う」 とか「じゃあ、これこれこういう時に、こんな感じで」と、ほんとにもともとご本人が「理想」としていた頻度や回数よりはずっと低いんだけど、でも、『確実に実行可能』なルールを自分で具体的に決めて行動計画に組み込み次回セッションまでの「宿題」とする、という展開が多いです(別に「宿題」と言っても、学校じゃないんで、やらなくても別にペナルティーとかないし成績下がったりしないです)。

もちろん、ことと場合によっては、そして人によっては、「そこ、ほんとにできないのかな?」とプッシュする場合も、なくはないです。「もっとできるんじゃない?」とハードルをこちらから上げることを提案する場合もありますよ。瞑想に限らず。
でも瞑想とか運動とかに関しては「無理して完璧にしなくていいから」と、言う場合が最近は多いかも。

自分に対する要求が高くて、がんばってがんばって、とことんがんばって、身体や心のバッテリーを使い切ってしまってるけど、それなのに、それでも、身体や心のあちこちから絞り出してがんばり続けている。そんなクライアントさんとセッションするご縁が続いています。「電池が壊れてしまう前に、ちゃんと休んで充電しましょう」と思わず言ってしまいたくなることが最近、多い。ひょっとして、これも、私自身の何かとシンクロしてしまっているのかもしれませんが。そしてそういうクライアントさん達に対して、本来リラックスしたり楽しんだりリセットするためにする、瞑想とか運動とか、そういうのまで、がんばんなくっていいよ、てきと〜でいいよ、と、つい、言ってしまうのであります。