コーチングの醍醐味、そして「鏡」

 コーチングをする醍醐味の一つは、人の(クライアントさんの)「弱さ」に触れることができることだと思う。

 と言っても、これは別に「家族にも会社の人にも恋人にも見せられない部分をコーチの私には安心して見せてくれるんだわ〜」という類いのことではない(そういう部分ももちろんあるけれど)。
 冒頭の文言を言い換えると、コーチングをする醍醐味の一つは、人が(クライアントさんが)自身の「弱さ」をあえて他者にさらす時の覚悟と、そういった覚悟を持った人間の強さを、まざまざと目撃—するだけじゃなくて私自身が「体験」—できることだ。

 それは、そうまでしないではいられないほどに、その人(クライアントさん)が大変な状況にある、ということでもある。けれども同時に、それほど大変な状況においても(あるいはそういう状況だからこそ)、なんとかしてその状況を変えよう、自分を変えよう、何かを、打破しよう、という「底力」を発揮しているということでもあるのだ。
 もう、かっこつけてる場合じゃない。ごたくを並べている場合じゃない。逃げている場合じゃない。自分は、今、弱ってる。こんなに、弱ってる。それをありのまま、さらけだす。そこから、始める。そこから、立ち上がる。それしかないから、そこから始めるしかないから、そこから立ち上がるしかないから、自分の「弱さ」を認めて、さらけだして、抱きしめる。
 吠える人もいる。泣く人もいる。笑う人もいる。怒る人もいる。私という、他者を目の前にしてそうすることによって、彼らは、自分と対峙している。自分と100%以上に向きあっている。キツい場合も、いやんなっちゃう場合も、恥ずかしいと感じる場合も、あると思う。でも、する。
 それって、ものすごい覚悟だと思う。強さだと思う。そういう、覚悟と強さを目撃して、体験するのって、普段の生活だと、ほぼ、ない。

 私は、そういうクライアントさんたちを心から尊敬する。

 そして、そういうクライアントさんたちとセッションすると、「フナヤマ、お前は、どうなんだ?今のお前には、それほどの、覚悟と強さがあるのか?」とナニモノかに突きつけられる気がして、胸が痛い。

 コーチングだけことじゃないと思うけれども、他者は、いつも、自分の鏡だ。
自分を映し出す。
そして、自分には欠けいて、だからこそ欲しているものを、映し出す。