Be nice to everyone you meet.--人に優しく(意訳)。

私のこれまでの人生で一番大きな出来事は、母が亡くなったことだったと思います。この世界の色が全て変わってしまったように感じたし、私はそれ以前の私には決して戻れないだろうとも思いました。そして私はやはり母が亡くなる前の自分には決して戻れないだろうな、とは、今も思っています。

母が亡くなったあと、半年〜1年ほどの間毎日、私は一日に何度も何度も泣きました。空を見ては泣き、紅葉を見ては泣き、桜を見ては泣き、車を運転しては泣き、歩道を歩いては泣き、信号で止まっては泣き、ごはんを食べては泣き、布団に入っては泣きました。母と同じ年頃の女性がやはり私と同じ年頃の女性と一緒に歩いているのを見るだけで泣きました。息子がにこにこと楽しそうに笑うのを見るだけで泣きました。

私は当時熊本で暮らしていましたが、母が熊本に来たことは一度しかなかったにも関わらず、何を見ても何をしても母のことが思われ、悲しみに押しつぶされるような日々と送っていました。そして「悲しい」とはこういう感情をいうのであったか、私は今まで悲しいという感情を本当に体験したことなど一度もなかったのだったな、と思い知りました。

また、私は母にもっと早くに検査を受けさせることができなかったことや、死んでゆく母ともっと一緒に過ごせなかったことについて、自分自身を、家族を、父を、そして母をも、責めて恨む気持ちをなかなか払拭することができませんでした。だから、苦しかった。

そんなこんなで、「心底、何もしたくない」精神状態だったのですが、いかんせん、私はまだ2歳だった息子と二人きりで暮らしていたので、とにかく子供の面倒は見なくてはいけない。その義務感だけで、毎朝体を引きずるようにしてやっと布団から抜け出していました。不思議と、一度そうやって朝動き出せば、もともと心身が丈夫なのか(笑)、息子を保育所に預けた後、たとえ心と体がどんなに重くても、機械的に職場である大学に行って仕事を大過なくこなす、という日々を送っていました。

自分は強いのかな、と思いながらも、そんな風に「悲しみに押しつぶされそうな」毎日を送っていたとき、私はふと、思ったことがあったのです。

ちょっと待って。親との死別ってみんなあることだよね。それだけじゃなくて、配偶者とか自分の子供とか、自分にとって大事な人と死に別れる人って、この世の中に山のようにいるよね。というか、「みんな」、そう「みんな」そういうことがあるんだよね。え、じゃあ、この世の中の人々はみんな、たとえ「みんな」じゃないとしても、本当に多くの人が、こんな「悲しみ」を抱えて、生きているの?毎日を送っているの?

あのちょっと嫌みなあいつも、いつもぼ〜っとしているこの人も、やたら能天気なあの人も、会議中に隣に座る某同僚も、みんなみんな、これほどの悲しみを抱えて生きているのというのか?

そう思いついたとき、私は突然この世界全部が突然の集中豪雨に見舞われた瞬間を体験しているような、そんな感じの衝撃を受けました。心象風景の中で、自分の全身が矢のような雨に打たれました。

そして私は考え続けました。(もちろん、私個人的には、それは天地がひっくり返るような出来事ではあったにせよ)40歳で66歳の親が病気が亡くなるというのは、少しばかり早いとは言え、そんなに珍しいことじゃない。そして、順当なこと。もっと早くに親を亡くす人はいっぱいいるし、逆縁に遭う人とか、ほんとうに理不尽な目にあって命を落としてしまうとか、突然の災難に見舞われるとか、そういう人たちは山のようにいて、そういう人々と比べたら、おそらく私の母親と私のケースって・・・そんなに悲劇的なことじゃあ、ないんだよね。むしろ、本当に平凡な、ごくごく、普通のこと。

それなのに、それなのに、こんなに悲しい。こんなに苦しい。だったら、もっと大変な目にあった人たちは一体、どうやって生きていくというのか。そして彼らは、みんな、みんな、「生きている」。私の抱えている悲しみや苦しみなどと比べようもない悲しみや苦しみを抱いているであろう人たちがこの世界には大勢いて、みんな、そういうことは普段は表に出さずに、普通に暮らしている。

そしてその悲しみや苦しみは、必ずしも、大事な人と死別するということに、限らないだろう。

そこまで考えたとき自分が生きている世界全部を突然覆った集中豪雨がさらにこの世の終わりかと思うくらいの雨に変わってその雨に全身を打たれているかのように、そんな衝撃を受けました。

Be Nice To Everyone You Meet.
They’re Fighting A Battle You Have Absolutely No Idea About.
(あなたが会う人みんなに思いやりを持ちなさい。
彼らはあなたが全く思いもよらないようなことと闘っているのだから。)

先日友人の一人が誰かのこんな言葉をフェイスブックでシェアしていて、心に残りました。

実際、自分の人生の中では最も悲しみにくれていた期間であっても、私は普通に仕事をして教壇に立ち学生と冗談を言い合い、家事をし子育てをし、同僚や友人とおしゃべりをして過ごしていました。結局はそれが可能であるほどの状態と状況に私ははいたし、またそうできる「資源」と「力」が私にはあった、ということです。ただ、私の周りにいた人たちは、私が実際のところ毎日どのような状態にあったのか、誰一人として知らなかったと思うのです。

当たり前です。私はそういう自分の内面が、外には見えないようにして暮らしていたのですから。
隠そうと特にものすごく意識していたわけではなくて、ごく当たり前の日々の営みとして。

そして、きっと私は、全然特別なケースじゃない。

誰もが、誰しもが、私が決して知ることのない、知りようもない、悲しみや苦しみや葛藤や絶望を抱えて、でも、必ずしもそれを表に出すわけではなく、生きている。一見、なにごともないかのように、普通に、暮らしている。

だから、Be nice to everyone you meet.
人に優しく(意訳)。

66歳の誕生日の一週間後、彼岸の最中に逝った母のことに心を向ける時、そんなことを思います。