助けを求める③
クライアントさんは、続けました。
自分が素晴らしい、ってことをちゃんと思い出すことさえできていれば、私は大丈夫なんだもの。忘れることはあるけど、ちゃんと思い出せば、すごくパワーが出るんだもの。
そしてさらに続けました。
その人(助けを求めたい相手のこと)だって、私にXXって言っていたし、その人とは○○な関係だし。
う〜ん。なんかまだ怒ってるな〜。「どうして」怒ってるんだろう??と、頭の後ろでどこかしらぼんやりと私は考えていたのだと思います(しつこですが、クライアントさんは、別に私に怒ってるわけじゃないわけですから、そこにはなんか理由があるんですよね)。
で、なんか、ぴん!と来たんです。え、ここまでひっぱって、結局「ぴん!」で説明済ませちゃうの?と思われた方、すみません、でも、ほんとなんです。もちろん、ぴん!すなわち、直感は、人間のアタマとココロの中にある膨大なデータや経験値からはじき出されたもの、なんですけど。
「ねえ、あなた、その相手のこと、信じてないんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・」クライアントさん、無言。沈黙、ながっっ。
コーチとしてコーチングを体験されたことがない方には、分かりにくいかもしれませんが、この沈黙が返ってきたときに、私は「あ〜、これだったんか〜」と、思いました。普段の会話だと(家族と、とか。笑)、相手に黙られると「ねえ、ねえ、聞いてるの??ちゃんと考えて何か言ってよ!」なんて、実は結構しちゃうのですが(家族のみなさん、スミマセン^^;;)、コーチング・セッションの時には、分かるんです(というか、分かるようになったんです。)
沈黙は、クライアントさんが自分の中を見ている時間。そこには何かがあるんです。
だから、「ながっっ」と思いながら、私は待ってました。
次に口を開いた時、クライアントさんはもう「怒って」いませんでした。
そして穏やかな、ちょっと諦観したような口調で、言いました。
「・・・・信じて・・・ないな・・・・」
ここでちょっと解説すると、クライアントさんが「信じていない」ものが何なのか、私には正確には分かりませんでしたし、今も分かりません。はたして一体何を「信じてない」のか、ということについての詳細は、私たちはその後話をしませんでした。
それが相手の人柄なのか、行動力なのか、あるいは相手と自分の関係性なのか、相手の自分に対する評価なのか・・・、明確だった訳ではないです。
ここでさらに「じゃあ何を信じてないの?」って突っ込むという流れもありだと思うし、そっちの方が多いと思います。
でもこのセッションのときは、クライアントさんの中では腑に落ちた、だからそれでいいんだ、と私は判断しました。
どうして自分がその相手に助けてということができないのか、
クライアントさんには、「分かった」。
ということが、私にも「分かった」のです。
ただ、このことは、サボタージュの声「あんた、一体何様のつもり?」とも深く関わっていると私は感じたので、私は「信じて・・・ないな・・・」のあと、さらにまた沈黙したクライアントさんに言ってみました。
「それって、やっぱり、自分を信じてないってことだよね」と。
「うん、信じてない。」
やっぱり穏やかな声。恐れとか、あせりとか、ムリのない、いい感じの声です。
「自分を信じてない」なんて、一見、あら問題、キタ〜!さあさあ、これからコーチングのセッションしましょう、って感じの言葉ですが、私は、私は、ああ、今日のセッションをもうすぐ閉じるころだなあ、と感じました。なんというか、今日の分は、もう、出ましたね、って感じ。
一見自己否定的なことを言っているようであっても、上述の「私は素晴らしいんだから」(こちら一見自己肯定的)と言ったときのクライアントさんよりも、こっちのクライアントさんの方がずっとずっと「いい感じ」だと私は思いました。
そして、「今、どうしたいですか?」と私は聞きました。
「自分を信じたいですね」とクライアントさんは答えました。すごく穏やかです。
「これからすぐメールを書きます」とクライアントさんは言いました。
なんでしょね、「相手を信じてない」って口に出してみて始めてそのことと向き合えたのでしょうか。
口に出してみて、始めてそのことが「取り扱える」ようになる。だから、「行動」できるようになる。この場合は、相手に助けを求めるメールを書くこと、です。
私はこの時点でクライアントさんが自分と相手を信じるようになった、というようには思っていません。少なくとも100%じゃないと思います。でも、信じてみようかな、あるいは、信じるために行動してみようかな、という感じだったのではないかと、推測しています。それでいいのだと思います。
だって一番大切なのは、結局行動できたか否か、だと思うからです。
自分も相手も100%信じてます!でも行動しません、じゃあ、本末転倒だと思うから。
そしてとにもかくにも行動をする、という自分を、もっと信じることができるようになるんじゃないかな〜・・・なんて、思うわけです。
私:「じゃあ、メールを書いたら、私に教えてくださいね」
クライアントさん:「ありがとう。ありがとうございました。」
そしてセッションは終わりました。
その日のうちに、クライアントさんからメールが来ました。その方は、すぐ返事をくれたそうです。「喜んで」手を貸してくれるとのこと。
・・・・・・そりゃそうだ。だって、はじめっからそう言ってくれてたんだから!!!・・・・
終わってみれば、そうですよね。至極、シンプルなこと。
それに、客観的に見て、実はその「お願い」は、そんなに「たいそうな」お願いではなかったと、個人的に思っています。「一体、何をごちゃごちゃ言ってるの???助けてくれるって言ってるんだから、助けてもらえばいいじゃん!!!さっさとメールでも電話でもしちゃいなよ!!」って、普段の(笑)私なら一刀両断にしたかもしれません(笑)。
でも、そうじゃないんですよね。客観的に見て、とか、私の個人的見解とか、意味のないことです。
それがどれほど「たいしたことじゃない」ことであっても、関係ないんです。
ご本人にとっては、自分の中のふか〜いふか〜いところと向き合わないと、出せなかったメール、だったんです。
はたから見ると、水たまり程度にしか見えなくても、本人にとっては、おおきなおおきな池を飛び越えるかのようなこと。そして端から見れば水たまりをぴょんとジャンプしたようにしか見えなくても、本人にとっては、清水の舞台から飛び降りるようなブレークスルーだったりすること・・・
こういうことって、あなたも、ありませんか?(わたしはあるな〜〜・・・・)

