クライアントさんの「言葉」を信じない

ご自分が現在の状況にいかに適応しようとしているか、「いま・ここ」にある幸せをどうやって構築しようとしているか・・・ということについて、クライアントさんが力説される場合があります。

コーチングは「変化」を促すものとは言え、それは必ずしも転職するとか離婚するとか留学するとか引っ越すとか、そういう目に見える分かりやすい行動(=doing)における「変化」(だけ)である必要は全くありません。

はたから見た状況が全く変化しない中において、ご自身の物の見方や感じ方、すなわち「在り方」(=being)が変わる、ということは、むしろ上記以上に大きな「変化」です。

このbeingが変わる事なしには、実はdoingも表面的なものになってまた「もとの木阿弥」に戻ってしまいますし、beingが変化すると、それにともなってdoingも変化していくものです。

最近、「今いる場所で咲きなさい」(だったかな?)というような書籍も売れているというし、私も、現在の状況に適応して「いま・ここ」にある幸せを構築することが、クライアントさんの本当の願いであれば、また、それが今のクライアントさんにとってはベストのことであれば、心からそれを応援してサポートします。

でも、時々、なんだか、その「力説」に違和感を持ってしまう・・・ということがあります。だけど、頭の切れるクライアントさんが理路整然と力強く「現在の状況に適応して『いま・ここ』にある幸せを構築することがベストだ!」って私によどみなく述べたりすると、本当に私、一瞬「説得」されちゃいそうになるんですよ(笑)。あ、そこまで言うなら、そうなのかな〜、なんて(笑)。

もちろん、それが本当の場合もあります。

でもこの「なんとなく違和感」が私の中にある場合、ほとんど説得されながらも(笑)、その「なんとなく違和感」を、私は信じるようにしています。逆に言うと、クライアントさんの「言葉」をそのまま信じないようにしています。

でも、私が何をどう言っても、とにかくクライアントさんが私を「説得」しようとする場合、ってあるんですね。

そういう時、私はクライアントさんを説得し返すようなことはしません。
無駄だし、それはコーチングじゃないし。

あるセッションで上記のようなパターンになったとき、私はクライアントさんに聞きました。

「私に今どうして欲しいですか?」
「今のあなたを肯定して励まして欲しいですか?」
「それとも、別の方向にプッシュして欲しいですか?」

「なんとなく違和感」がありながらも、クライアントさんにあまりに説得力があるので(笑)、実は私も、クライアントさんの「本当の願い」が何なのか、見えなくなってしまったし、どうしてあげるのがクライアントさんにとってベストなのか、正直、「分からなくなっちゃった」んです(笑)。

コーチングを始めたときは、はこういう風に「分からなくなっちゃったよ〜」って時は「なんとか繕おう」としたものですが(笑)、今はもうそういうことはしません。コーチが「分からなくなっちゃった」ら、それをそのまま出してぶつけます。

「ねえ、今あなたは、私(=コーチ)にどうして欲しいの?」って。

私がこの質問をするような流れの時、クライアントさんは100%(私が経験してきた限り)答えを持っています。私(=コーチ)にどうして欲しいか、クライアントさんは分かってます。ただそれは、「どうして欲しいの?」と聞かれて初めて言語化して明確になる願望です。

このクライアントさんは即答しました。

「そんなこと、して欲しくない。今の自分を肯定なんか、絶対にして欲しくない。」

クライアントさんの、「本当の声」。

見ようによっては(これがコーチングという場でなければ)、「はあ?あんた、何言ってるの?今までさんざん力説してたことと、全く逆じゃない!?」ですよね。

でも、これはコーチング。普段の普通の会話じゃないんです。

そのクライアントさんは、現在の状況に適応して「いま・ここ」にある幸せを構築することなんて、はじめっから望んでなかったんです。
行動を起こして現況を打開したいんです。
でもそれは、こわい。大変。面倒くさい。

だから、一生懸命、いかに現在の状況に適応して「いま・ここ」にある幸せを構築することが大切か、って私にとうとうと述べていた。私じゃなくて、実はご自分を説得しようとしていた。

だけど、いざ私(コーチ)が「じゃあ、そんなあなたを肯定してサポートしましょうか?」って問いかけると、即答できっぱりと否定。

そして気がつくんです。いえ、気がついていたことを、あらためて言語化してそれを自分の耳で聞くんです。

「わたしが、本当にしたいことは、そんなことじゃない。」

即答したクライアントさん、ご自分でびっくりされてました。

「そんなの嫌だ!」という言葉がすぐに浮かんだのだそうです。

だから、私はクライアントさんを信じていても、クライアントさんの「言葉」を信じないことがあるのです。