明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)—禅語
明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)—禅語
「明珠」は宝のこと。掌は手の平のこと。
つまり宝は(すでに)手の平にあるってことですね。
とは言え。
私たちは、自分自身のことこそ、よく分からないということがあると思います。
「明珠」が指すものが、私たちの才能なのか、性格なのか、技術なのか、財力なのか、実績なのか、経験なのか、人脈なのか、家族なのか、環境なのか、身体なのか・・・
何にせよ、自分が持っている宝は、自分ではなかなか分からない。
そしてそれ以上に・・・
「自分そのもの」が宝だということに、
私たちはなかなか気がつけないものだと、思います。
「自分を認めて褒めましょう」。
職業柄、私はこういうことをよく言います。
あ、職業柄と関係なく、言う事もあります。
「自分を認めて褒める」ことができるようになると、かなりイイです。
というか、色んな事がひっくり返るくらい変化したりします。
だから、そのためのテクニックとか、こつとか、アドバイスとか、色々、あります。
あと、練習方法とかね。
ご紹介もできますよ、はい(また後日)。
ただ、それがいつもそんなに簡単にできることじゃない、っていうのも、私自身の経験からも、分かっているつもりです。(みんながそんなに簡単にこれができたら、コーチ要らないし!笑)
だからこそ、
明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)。
ちょっと早口言葉みたいな感じで(笑)言いにくいかもしれないけど、
美しい言葉だと思います。
字ずらも、音も、美しい。
見てよし、口にしてよし、って感じです。
明珠は、「あなた」です。
「あなた」以外の人は、みんなそれが分かっている。
多分、「あなた」だけが、分かってない。
見えていない。聞けていない。聴けていない。
明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)。
「あなた」に、この言葉を見て欲しい、口にして欲しい、そしてそれを自分で聞いて欲しい。聴いて欲しい。味わって欲しい。
そんな風に、思います。

