出口のないトンネルはない。
私はアメリカの大学院にトータルで8年間留学していました。
長っ。
(ただ、社会科学系や人文系の博士号をアメリカで取得する場合には、このくらいかかるのは実は普通で、他のヒトに比べてより長いという期間ではありません)。
そんなに長期間の間、外国で大学院生をすることができる、というのは、私が色々な意味で「恵まれていた」からなのですが、当時はそういうことは分かっていても、とにかく日々てんぱっていたので、そこになかなか思いがいたりませんでした。「自分」でいっぱいいっぱいでした。
誰にとっても多かれ少なかれそうなのですが、私にとってもアメリカの大学院生活はなかなかキビシい(と感じる)ものだったので、日々プレッシャーに押しつぶされながら、将来への不安も常に心を曇らせている中で、思うように成果は上がらないし、なかなか自己効力感がもてず、自尊心は最低ポイントをヒットしつづける、という毎日。
自分は恵まれているのだ、ということを思い出すと、それで感謝の気持ちがわいてよしがんばろう、となるのではなくて、むしろ「ああ、それなのに、何て私はダメダメちゃんなの」とますます自尊心低下に陥るという、なんか救いようのない心理状態。
それでも足を踏み入れてしまったからにはやりとげるしかない、という状況で私はいくつか造語を作って自分に言い聞かせてました。結局やりとげて無事に博士号を取得し卒業したので、その造語は役にたったのかもしれないな〜、と思うので、ご紹介します。
ひとつめは、別のところでも紹介したのですが
「倒れるときは前向きに。倒れた分だけ進みます。」というもの。これを気に入ってくれたある友人は「指の先まで伸ばします。」と付け加えてくれました(笑)。
とにかくよく「倒れて」いたので、これは使用頻度が高かったです。
ふたつめは
「継続“だけ”が力なり。」
自分には何にも良いところがない気がする。成果が上がっている気がしない。自信が無い。結果が出るかどうかも分からない。でもやめるわけにはいかない(と思い込んでいた)からやり続けるしかないという状況。
だったら、自分ができることって、「続ける」だけじゃん。やめないだけ、それだけができること。そんな感じだったんだと思います。つまりは、継続”だけ”が力ってことよね。だから、とにかく続けるだけは続けよう、やめることはやめよう、と自分に言い聞かせてました。
私は飽きっぽくて、熱しやすく冷めやすい、という性格だと言われて育ってきたので(これもほとんど呪いのようなものだと後になって思ったのですが。笑)、「やめないだけ、あたし、エラいじゃん!」って思えたのかもしれません(笑)。
三つ目は「出口のないトンネルはない」。
当時の私は光がまったくささない長い長いくら〜いトンネルにいるような気持ちでいました。あくまで主観的に、ですが。
「明けない夜はない」とか「冬来たりなば春遠からじ」とか、似た意味のことわざはあると思うのですが、これらのことわざって、じっと待ってても夜は明けるし冬は来る、って感じで、若干受け身な感じがします。これはこれで、心に真実として沁みる時もあるのですが、私の大学院生活にはあてはまらなかったんですね。だってただ辛抱強くじっと待って何もしなかったら、絶対卒業できない(笑)。
でもトンネルは、歩き続けないといけないんですよね。一歩でも二歩でも前に歩き続けないといけない。そうしないと出口に着かない。でも、トンネルには必ず出口がある。歩き続けさえすれば、どんなに暗くて長いトンネルであっても、いつか必ず出口にたどり着く。ということで、トンネルの比喩が、当時の私にはフィットしたんです。
どういう思考回路を得て上記の「造語」が生まれたのかはよく覚えていませんが、私が8年に及ぶなかなかキビシかったアメリカでの大学院生活をやり抜いた上で、役には立ったな、と思います。
そして今でも、凹む時やどんづまった気分になる時に、自分の造語を思い出して、自分に言い聞かせてます。
もしあなたが(主観的に)当時の私のような心理状況すなわち
”日々プレッシャーに押しつぶされながら、将来への不安も常に心を曇らせている中で、思うように成果は上がらないし、なかなか自己効力感がもてず、自尊心は最低ポイントをヒットしつづける、という毎日”
にあるのであれば・・・
上記の造語のどれかひとつだけでも、役に立ったらいいな〜、と思ってます。
そして言いたいです。
大丈夫、どんなに暗くて長いトンネルでも、(入ったからには)必ず出口があります。
と。

