本来無一物(ほんらいむいちもつ)—禅語

本来無一物(ほんらいむいちもつ)。

もともと何もない、って意味だと私は理解してます。

人生や生活のいろんな場面・状況に当てはまる言葉だと思いますが、今日私が感じたのは、不安や心配や怒り・・などといったネガティブな感情です。

私たちは(少なくとも私は^^;;)、〜〜ことが心配だ、とか〜〜に対して怒りを感じる、という風に感情を体験しますよね。

だからその「〜〜」に当たる部分がそういうネガティブな感情の原因だと考える。だから、その原因に当たる「〜〜」を取り除いたり処理したりすれば、ネガティブな感情も消えると思う。

でも・・・

「もともと何もない」のだとすれば。

そういったネガティブな感情も実は自分たちで作り上げている、のかな、と。

「〜〜」がどんなものだろうと「〜〜」があろうとなかろうと、それに対してどうこうということは結局は人間の心のなせるわざ。その「〜〜」のせい、じゃないんですよね。

だからと言って、自分で作ったネガティブな感情をさあ自分でなくしましょう、と簡単にはいかないと思いますが。

少なくとも「もともと何もない」ところに、それを作り上げているのは自分自身であって、「〜〜」そのものじゃない、って、気がつけば。

そのことは「〜〜のせいで」というある種の「被害者マインド」を持たないようにするための第一歩かな、と思います。

別に被害者であることが悪いとか否定するとかいうことじゃないです。
世の中には「それはひどいよ」ってこと、ってやっぱりいっぱいあるし。
どう考えても被害者である立場に立たさせることって、ありますよね。

ただ、たとえどんな「〜〜」が人生や生活で生じたとしても、「被害者」で続けるということは、誰よりも、その本人にとって辛いし不利益なことだろうと、思います。

「もともと何もない」。わたし自身、なかなかこの境地に達することはできません。一生できないような気もします。

でも、この言葉を思い出すと、少し心がゆるむというか、悪い意味じゃなくてあきらめがつくというか、そんな感じがするんです。

そしてその場所から、じゃあ、またがんばってみるか・・と、ため息とともにではあってもリキまずに、また一歩、小さな一歩を踏み出せるような、そんな気がするんですよね。