悲しむ「スペース」

母が亡くなったあと、何人かの友人が、私をなんとか慰めようと心をくだいてくれました。わざわざ時間を作ってくれた友人もいるし、会話の流れの中で私を元気づけようとしてくれた人もいました。

母が亡くなったとき息子が2歳でしたが、「お母さん、孫の顔を見る事ができてよかったね」と言ってくれた人がいました。

母はがんで1年半ほど闘病して亡くなりましたが、「もしこれが交通事故とかで突然のことだったら、もっともっと、どれほど辛かったか、想像してみて」と言ってくれた人がいました。

私は安定した仕事にも就いていましたし幸せな結婚もしていたので、「きっと安心して逝かれたと思うよ」と言ってくれた人もいました。

「あんまり長患いをしても逆にもっと辛かったと思うよ」と言ってくれた人がいました。

私があれこれと悔いていることを言うと「親が死ぬとどんなに心を尽くしたとしても、必ず何かの後悔があるものらしいよ」と言ってくれた人がいました。

「お母さんもきっと和泉ちゃんが元気で生きていくことを望んでいると思う。さあ、前を向こう」と言ってくれた人がいました。

どの友人も、本当に心から私をなぐさめようとしてくれていました。元気づけようとしてくれました。そして真摯で誠実な言葉を私に与えてくれました。どの言葉も、とても有り難いものでした。

ただ。どの言葉も、なんだかしっくり来ませんでした。「なんか、違う・・・どうしてだろう・・・」そう、心の中でつぶやいていました。

でも、そういうことは一言も言いませんでした。言えませんでした。だって、その友人達はみな、本当に、私のことを思ってくれているのだということが、よく分かっていたから。「なんか、しっくりこない」なんて言ったら、その人たちを傷つけてしまうのではないかと恐れたのです。

そんなある日、母のことを知った遠方の年上の友人から郵便が届きました。そこには私の心が癒されれば、とその友人が大好きなミュージシャンのCDとハーブティーが入っていました。そして手紙が入っていて、その中にこんな言葉が書いてありました。

「お母様、さぞご無念だったと思います。もちろん、和泉さんも。」

その言葉を読んだ時、そうなんだよ、そうなんだよ!お母さんは無念だったんだよ〜〜!!死にたくなんかなかったんだよ!!!と心の中で叫びました。涙があふれました。

母が死んでから何ヶ月かが経っていたと思います。その時点で、一番慰められた言葉がこの言葉でした。・・・ひょっとして、母の七回忌を終えた今になっても、一番私の中で「響いた」言葉かもしれません。

それは、その年上の友人の言葉が私の心情を「言い当てていた」から、ということでだけはないと思います。(もちろん、それもあるとは思いますが)。その友人の言葉は、私が数多くもらった言葉の中で、ひょっとして唯一、私が母を無くした「悲しみや無念さを噛み締めて味わうことのできる」スペースを与えてくれたものだったように思うのです。

そしてそのことこそが、私が必要としていたものだったのです。

実際、「どうしてみんな私を悲しませてくれないのだろうか」と、ちょっとへんてこなことを、身勝手にも思っていました。

私はかなり「ネアカ」な人間で、知らず知らずにポジティブに考えてしまうタイプです。そしてそれは利点だと思っています。ただ、そのことと、一見ネガティブな感情をちゃんと味わうことの重要性はまた別です。「見ないふり」をしていると、そのひずみが必ず出てきます。むしろ、私のようなタイプの人間は、うっかりすると、自分自身の悲しみや怒りなどといった一見ネガティブな感情を受け止めて味わうことをしないままにしてしまうので(後でひずみが大きく表出する可能性があり)、注意が必要です。

ただ、母との死別からくる「悲しみ」や「喪失感」は、やはりかな〜り大きいものだったので、自分でも無意識のうちに「悲しみや無念さを噛み締めて味わう」必要性が分かっていて、そのことを求めていたんだと思います。

死別の悲しみに限らず、あなたの周りの人たちが何らかのネガティブな感情の中にいる時、特に、あなたが「慰めてあげたい」とか「元気になって欲しい」と感じる時、そう感じるからこそ、もしかして、あなたは、知らず知らずのうちに、その人がその感情と向き合い、受け止め、味わうスペースを狭めてしまっていませんか?あなたがその人を思えば思うほど、それゆえに、その人が経験するべき大切なプロセスを取り上げてしまっているのかもしれません。

その人をそのネガティブな感情から救い出そうとしてあげるのではなく、その感情を抱いているままのその人と—感情まるごとと—「ともにいる」ことが、時として、その人にとって一番の救いとなるのかもしれません。