絶対こんなこと無理です、できません、と思ってたことしてみた〜「花びら餅」の巻。

年上の知人の女性で、「今まで一度も一人でレストランとか喫茶店(←ちょっと死語っぽいけど、世代的に、「カフェ」じゃなくて「喫茶店」なのであります)に入ったことがない。絶対嫌」という人がいて。ちなみに、同じようなことを言う人は知人の若い人でもいたりして(こちらの場合は「カフェ」と言ったりしますが)。あと、「ガテン系のお兄さんたちばかりのラーメン屋に勇気を出して入って、カウンターでラーメン食べたけど、すごく居心地が悪かった」と言うこれもやはり年上の知人の女性が書いた記事をちょうど読んで。あと、逆に、友人で「高級ホテルのラウンジでお茶とか飲むのは落ち着かない」という人もあり。そう言うことを見聞きした時の私のまず最初の(心の中の)リアクションは

「ヘ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(なんで〜〜〜〜〜〜〜??全然わからん)」

なんだけど。なんでかって言うと、上記のようなこと、私は全く全く全く平気だからです。

でも、何が苦手か、居心地悪いか、何がチャレンジなのかっていうのは、人によって違うんだよねー、というのも、(年とともに?)分かるようになってきて。他の人から見れば「へ?なんで?」というようなことが、その人にとってはすごく抵抗感があったり、ハードルが高かったりということはあるんだなあ、と。私たちは皆誰しもがどこかしら自分で自分の枠を決めてしまってそこに自分をはめてしまう、ということをしていると思います。そして何がその人にとっての「枠」であるかは、その人のことであって、それがはたから見ればどれほどドウデモイイことであっても小さいことであっても、その人にとっては、大いなるハードルでありそれを超えることは大いなるチャレンジなのですよね。

と言うことを改めて思ったのは、最近の自分のささやかな体験から。

先日、学校の関係で息子帰宅が7時半を過ぎるという日があったのです。午後が夕方がこんなに長いなんて、自由なんて、わーいと思って。で、この歳でスキューバダイビングのライセンスを取った高校の同級生に触発され、「結構簡単だよー」とのたまうアメリカ在住でやっぱりお茶をしているこれも高校の同級生の言葉にその気になって、絶対こんなこと無理です、できません、と思ってたことしてみたのです。

それが(私にとっては)どんなことであるかと言うと。

花びら餅(もしくは、のようなもの)、作ってみましたー ってことだったのです。それも息子の助けなく(←ここかなり努力ポイント)一人で!

とは言え、スキューバの同級生は誰よりもパワフルでチョーゼツにアクティブで、アメリカの同級生はなんてったってパティシエだから、そもそも同列に考えるのが間違っていた、と、気がついた時はもう遅いんだよー自分、と思いながら途中でやめるわけにもいかず。ごぼうを煮て味噌餡を作り求肥を作り、アセンブルする頃はもう力尽きてました。

いや確かにね、ゴボウは短すぎました(だからほとんど見えませんでした)。味噌餡もろくに味噌を計らないで(なぜって面倒臭かったから)おまけに白味噌と赤味噌の配分を間違えて逆にして投入したら味噌餡じゃなくて甜麺醤になっちゃって、リカバリーに苦労しました(そしたらやたらいっぱい味噌餡ができちゃって冷凍する羽目にもなっちゃいました)。赤い方の餅が余計にできちゃって、中身の赤い餅だけでミニ花びら餅も作るしかなくなってしまいました(ゴボウのサイズはこっちの方が合ってました)。味噌餡入れすぎて形がうまく整えられませんでした(でもやっぱりいっぱい入ってる方が美味しいと思いました)。

でもいいのだ。と私は思ったのです。
つくづくと、思ったのです。
幾つになっても初めての、そして自分に全く向いてないと思うことにも、人間って挑戦できるんだ、って。

でもすんごく疲れました(笑)。

でもとても美味しかったので、自分で点てたお抹茶と一緒にいただいた時に「ああ、報われた〜」と思いました。

そして「ちょっと『枠』突破?^^」と思えて、そのことが出来上がった花びら餅の美味しさと同じくらい嬉しかったのでした。出来上がった花びら餅の見てくれは、さておき(笑)。